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第61話 模倣犯は情報収集衛星?(6)

「どうもおかしいと思ってて」

 四十八願が話しだした。

「大昔、気象衛星『ひまわり』に自爆装置がついているって噂があって」

「え、そんなことが?」

 佐々木が声を上げる。

「実際にはなかったんですけどね。でも姿勢制御用の燃料は必ず最後まで残るようになっていました。なにかあったらそれで地球に衛星本体を落として処分できるように。自爆装置はないんですが、事実上の自爆機能はあった」

「人工衛星って悪用されたらたまらんからなあ」

「そして今回の情報収集衛星はもっとたまらないです。近隣のならず者国家の様子の偵察も、日本の国家経営に関わるさまざまな探査もやってますからね。商用探査衛星とちがって政府専用でいくらでも使える。隣の韓国は外国の商用衛星頼みで、自国の防衛計画につかえる偵察衛星をイスラエルなどに借りようとして断られて頓挫している。それで最近必死になって自前衛星を打ち上げるようになった。日本でも情報収集衛星の整備計画が発表されたとき『こんなものはハコモノだ打ち上げても価値はない』と批判したものがいたけど、実際の価値は非常に高く、災害状況の把握にも使われ、重宝に防衛だけでなく防災にも役立てられている。それが乗っ取られるなんてことは絶対に許されない」

「でも今回、それがリモート操作されてる。それも日本政府以外に。重大な危機ですよね」

「そうです。それで色々調べました。そうしたら……今の最新の情報衛星、かなり大きなストレージと高速CPU積んでるんですよね。クアッドコア250MHzの『GR740』とか、NASAのARM A53クアッドコアを2つつけたオクタコアの『HPSC』。どちらも高い処理能力と耐放射線性能を持ちます」

「宇宙放射線は強烈だからなあ。宇宙飛行士も宇宙放射線にさらされる危険があるってされてるし。時々太陽表面の爆発、太陽フレアが酷いときはその強烈な放射線を避けるためにISS国際宇宙ステーションの中の避難カプセルに逃げることもあったような」

「宇宙は遮るものがない真空の世界ですからね。そんなところで衛星を衛星で破壊するようなことをすれば、その被害はとんでもないことになります。ISSでも2021年11月、ロシアの衛星攻撃実験で破壊された衛星の破片が危険だというので宇宙飛行士がISSの中で避難することがありました。国際的にもロシアのこの実験は『危険で無責任だ』と大きく非難されましたね。それはそうと、最新の本邦の情報収集衛星にはさらに強力なCPUが搭載されているようです。それも地上から不正なコマンドを受けた場合に自律的に拒否できるセキュリティ機能を実現するような」

「それなのになんでリモートから不正操作受けて今回の爆破の予告電話の発信源になっちまったのか」

「こういうコンピュータセキュリティはイタチごっこですからね。攻めるも守るも技術の進歩は凄まじいです。数年前ならこじ開けるのに途方もない労力を強いるはずのセキュリティも最新鋭のCPUやGPUを使えばほぼ無抵抗に近くやられることもあります。そしてそれを国家挙げて不法アクセスをやっているところもあります。北朝鮮系とされるラザルスなんてハッカー集団はまさしくそういう集団です。ヒドゥンコブラとも呼ばれる彼らは北朝鮮政府の別働隊ともされ、暗号資産を盗む手口で1300億円もの収益を北朝鮮に与えたともされています。その額はこのところの北朝鮮の核ミサイル開発の資金を十分賄えるほどです」

「じゃあ今回もそのラザルスが?」

「そこは微妙ですが、近いグループでしょうね。ラザルスの他にもロシア系・中国系のハッカー集団が暗躍しているので、そのうちのどれかだと思われます」

「我が国の周りはそんな国ばっかりだもんなあ」

「隣国を選ぶことはできませんからね。厄介だ」

「だからパソコンやスマホのOSセキュリティパッチが頻繁に配布されるし、古すぎるOSは『使うな!』って言われるわけだ」

「そうです。そういうものがせっかくのセキュリティを無意味にする脆弱性の穴になってしまいますから。特に最近はスマホの能力が上がっていて、それを悪用する手口も見つかりつつあります」

「それでそういうグループが本邦の情報収集衛星のセキュリティをこじ開けちまったのか」

「そうかなと思いました。ボットネット、一般のパソコンやスマホにこっそり仕掛けたプログラムやアプリの処理能力を臨時に作ったネットワークで集めて仮想の強力なコンピュータにする手法でもまたやったかな、とも思ったんですが」

「え、違うの?」

「半分はそうなんですが、半分は違うようです」

「どういうこと?」

「それが……」

 四十八願はこの子ども食堂マジックパッシュの中にあるホワイトボードの前に立った。そして子どもたちがボードに描いた落書きに、ごめんね、と言いながら消して、そこに円をいくつか描く。地球と衛星軌道らしい。

「日本の情報衛星は地球を南北に回る軌道を周回しています。地上を精密な画像で撮影する光学衛星2機、それとは別に夜間や雲の影響を受けずに撮影できるレーダー衛星2機を使うことで1日24時間で地球上のすべてを1日1回以上撮影可能になります。2013年にその数が揃い、今では運用終了前と打ち上げ直後の衛星があるため7機が運用中。テポドンの発射を受けて始まったこの情報衛星の計画をここまでするのに政府は毎年700億円以上、累計で1兆3000億円をかけています。そしてこの衛星にさらに中継衛星、地球の裏側になって日本で受信できない位置に入った衛星からのデータを中継する中継衛星もあり、さらにはロケットやミサイルの打ち上げの強烈な熱をすばやく探知する早期警戒衛星も打ち上げる計画があります。そして今回のメールと電話の発信源は2つ。これらを管理している情報センターの情報と突き合わせると、最初の予告電話の発信源となったのはレーダー衛星のようです。それももうそろそろ運用寿命がつきそうなものですね」

「まさかその衛星に人が乗ってるとか」

「うわっ、それめっちゃ怖いよ!」

「それはなさそうですね。おそらく規定ではないリモートからのコマンドを受け付けてしまって、地上で作成された音声データを受付け、中継するときにもともとの作成情報を削除して地上に向けて発信、それが今回の爆弾事件の予告電話になったのでしょう。だから衛星より先の経路が見つからない」

「じゃあ、それと同じようにそれが『花子』から四十八願へのメールにも使われた?」

「そうかなと思ったんですけどね……」

 四十八願は考えている。

「違うの?」

「ええ。どうも違うようです」

「また別の地上からの偽装?」

「ではなく、もう一機、別の情報衛星からの発信になっているようです」

「ええっ、てことは2機も同時に乗っ取られてしまってるの?」

 四十八願はうなずいた。

「そうみたいです」

「ええええっ!!」


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