「でも、花子さん、本当に死んだんだろうか」
鷺沢が疑問を呈した。
「シエラボリスの資料だとクーデター事件で射殺されたって事になってますけど」
佐々木が答える。
「それがなあ……生きていてほしいと思うぼくの単なる願望かもしれないけど、あそこらへんの報道って、凄く怪しいんだよね。報道の自由度ランキングでシエラボリスはかなり下の方だ。とくに政情不安定で政府からも武装勢力からも脅迫や弾圧を受けるジャーナリストは活動の自由どころか命すら危うい。それにアルゼンチンのペロン、ブラジルのボルソナロ、ベネズエラのマドゥロなんかは情報操作や偽情報の拡散で悪名が高い。その近くのシエラボリスも似たようなもんじゃないかな。そんななかでちゃんと報道できるのかなあ」
「でも邦人の安否は外務省が確認しているはずです」
「そりゃそうだけどさ」
「だから外務省の資料の検屍の項目には……あれ? 『検屍不明』になってる」
「ほら。花子の最期には何かがあったんだよ。思えば革命家が大使館に在留届なんか出すわけないし。それに何か相手の国にあれば、それを超えて外務省が調査なんて出来ないんじゃないかな」
「調べてみます!」
佐々木が電話を取った。
「南米のジャーナリスト、反政府デモ取材してたらデモ参加者と誤認した、なんて言い訳で警察に暴行されたり、熱帯雨林で先住民のこと取材したら密猟者に撃たれたり、権力者の横暴を書いたら国家反逆罪やスパイ罪で起訴されたり。日本も報道の自由度ランキングだと余り高くないけど、彼らの国はもっと苛烈だ。日本は凋落したって言われるけどまだずっとマシな方だと思う」
*
マジックパッシュに戻った鷺沢と佐々木・石田が、四十八願と晴山と合流する。
「仕掛られた爆弾の残骸の調査資料も拝見しました」
晴山美瞳は画像解析のエキスパートだが爆発物にも詳しい。
弱視なのに画像解析? とはじめは思うが、彼女はツールを上手く使うことで一般の晴眼者よりもはるかに細かい画像解析をやってのけるのはすでにわかっている。
「この爆発物、どうも我が国のテロリストが作ったものとは思いにくいんですよね。RDX、トリメチレントリニトロアミンが主成分で、セバシン酸ジオクチル、ポリイソブチレン、界面活性剤。リード線や電子部品、ブレッドボードの破片もあるけどこれは多分遠隔爆破に使ったものでしょうね。爆破指令には今流行のIoT機器用の通信モジュールを使ったんじゃないかなと思う。それは秋葉原に行かなくても通販で十分手に入る。ただこのRDXは軍用、爆破のプロが使うだけに化学的にも安定していて威力も強く、このところのテロではよく使われているけど、それは海外の話。日本国内でこういう軍用爆薬テロは少ない。日本ではそれよりダイナマイトなどの産業爆薬、花火の原料の黒色火薬や酸化剤と可燃物を混合した塩素酸塩爆薬、有機過酸化物といった手製のもののほうがずっと多い。でも黒色火薬は『爆燃』と呼ばれる爆発形態で、火炎の速度が音速を超える『爆轟』には至らない。爆発物の威力は発生する火炎の速度によって決まる。今回の爆発は『爆轟』の状態になったと思われる。……どうにも、軍用爆薬を使ったように思えるのよね。でもそんなの普通は自衛隊ぐらいしか持ってないと思う。でも自衛隊の使うC4爆薬じゃない」
「そんなことわかるの?」
「ええ。自衛隊のもつC4爆薬は1997年以降、爆発物マーカーとしてジメチルジニトロブタンを混ぜてある。古いものは訓練で消費したり処分してるから、今マーカーなしのC4を手に入れるのは更に困難なはず」
「なるほどね」
「じゃあ、やっぱり……海外由来?」
「その可能性が高いわ。海外でデットストックされてたC4かも。IoT機器用モジュールで信号を送り、それで雷管を使って起爆したんだと思う。雷管の成分も科学警察研究所の分析結果に出ています」
「海外の軍用火薬か……」
「どうやって密輸したかも調べないと行けないですね」
「税関の記録も当たらないとなあ」
「こんなんで次の爆弾事件、防げるのかなあ」
「そのための警察組織でしょ」
鷺沢が言う。
「四六時中犯罪のこと考えててもそれを税金で養ってもらえるんだもの。そういう捜査のプロなんだから」
「そりゃそうだな」
石田刑事がうなずく。
「とはいえ警察に限らず今の日本の役所や役所みたいになってる大企業の硬直ぶりも根が深い問題なんだよなあ。縦割り行政だって言われて慌てて組織改革しても、縦割りにしておかないといけない事情もあるからなあ。よその部署の責任とらされるのも困るし、部署ごとの評価でなければ予算配分も人員配分もうまくいかない。でもそのせいでサービスの重複が起きるわ抜け落ちてることに気づかないわ、全体調整が必要だって会議がめちゃくちゃ増える始末。こんなんじゃデジタル化も進まないし、悪質化する犯罪にもまったく追いついていけない」
石田が続けてそうぼやく。
「かといって鷺沢さんみたいな宙ぶらりんの身分を増やすわけにも行かない。鷺沢さんの役所のバイト、あれ会計年度任用職員っていいながら実質脱法雇用だもの。役所が率先して損なことして恥ずかしくないかと思うけど、そういうことより使う税金と職員減らした方が見えやすい功績になるもの。一般国民もそういう内情知らずに税金減らせ役人減らせって言うし、政治家も『民間感覚』『台所感覚』なんての旗印にしてるのが未だにいる」
石田のぼやきが止まらなくなった。
「絶滅したかと思ったけどまだいるんですよね」
「政治は国民の鏡ですもの。国民がちゃんと関心持たなきゃ、政治家も国民に関心持たなくなる。当然のこと。でも中央リニアを意味不明に妨害してる知事も、沖縄を中国に売ろうとしてる知事も未だにリコールもされないし選挙やると当選してしまう。ああいうの、ちゃんと選挙に行って落とさない地元の人たちの自己責任ってことにしたいですよね。静岡と沖縄はとくに」
鷺沢の言葉に石田はうなった。
「ほんと、あんなむちゃくちゃが普通の世の中だって50年前の彼らに知らせたら、どんな悲しむだろうか」
「なんだか、世の中自身が何やってもダメ感だらけです。我々の次の世代も、我々の50年後も明るさが全然見られない。四十八願とか若い世代にも住まない」
そのときだった。
「そうでもないですよ」
四十八願が顔を上げた。
「そうでもない」
「ほんとに?」
四十八願はこくんとうなずいた。