「少なくとも僕はキミのことを大いなる素質を秘めた魔法使いであるとは思っていたが、それだけじゃ足りなかったようだね、実力に相応した勉強熱心な努力家でもあったようだ」
クルス王子が前の席に座って胡散臭い笑顔を浮かべている。
居心地が良いか悪いかで言えば悪いとしか言いようがないけれども、これも一つの機会で巡り合わせと思うべきか。
「買いかぶりというものですし、放課後に図書館へと足を運ぶことを勉強熱心の努力家だと言うのならご自身もそうでしょう?」
「いい加減その堅苦しい話し方は止めてほしいのだけれども?」
「話を煙に巻こうとされないのであれば」
「……敵わないな、まったく」
いわゆる貴きにおられる方々って人は面倒くさい。
本音を口にするなんてことは家族に対してだって難しい存在だ。
「クルス王子は学院生としていらしたのでしょう? だったら、そうらしくあって頂きたいと思っているだけですよ」
「降参だよ、降参。これ以上虐めないでほしい。これでも僕は繊細なんだから」
「あぁ、早速のらしさってやつだと思っておくよ、クルス」
「ルージュも大概だね?」
ある意味、極炎としては絶対にできない口のきき方ではあるのでお互い様だろう。
「キミは、エスペラート魔法学院をどう思う?」
「随分と抽象的な質問だな」
「そうだね、聞き方が悪かった。どうにも直球で言ったほうがいいのだろうし、言っていいと言ったキミに甘えよう。改めて、エスペラート魔法学院はこの国最高の魔法教習所、その名に相応しい場所だと思うかい?」
「なるほど」
直球と言ったわりには試されるというかな質問だね。
クルスが言う相応しい場所ってのは、所属している教師含めた魔法使いの質を見て言っているのか、それとも単なる設備や環境を指しているのかで答えは変わるが。
「答えよう。少なくとも物的環境においてこの国の最高峰と呼ぶに相応しい場所だとは思っているよ」
「人的環境を言えばどうだい?」
「その答えを口にするためにはもっと自分の腕を磨く必要がある。とは思ってる」
「そうか」
個人的な考えはエンリと話していたように、落ちぶれたなというものが答えだ。
それでも変わらずエスペラート魔法学院はこの国の最高峰で在り続けるだろう。
内実を表するのならここでこれなら他はもっとひどい、という意味を含んだものになるが。
「はぁ……陰口は趣味じゃないけどな。正直、ここに何をしに来たんだお前はってヤツは確かにいるよ。貴族間の関係を深めることは大切かもしれないが、それは互いの魔法力を高め合い認め合うことも含めてなんじゃないかとも思ったりする」
「……」
「もっと言うのなら、未熟を自覚したのなら努力をするべきだとも思うさ。例えば放課後にこうして図書館なんかに来て自習するとか、ね」
「そう思うからキミはこうして図書館にいるわけだ」
少なくとも回復魔法に関しては未熟も未熟だから嘘じゃない。
炎魔法に関しては、表立って未熟だと口にできないから言わないが、まだまだできることがあるんじゃないかとは思っている。
「キミは僕に言ったね? 誤算だったって顔をしていると」
「ああ」
「まさしく誤算だったよ。僕はこの留学に希望を向けていた。帝国へとこの学院での学びを持ち帰り、国を豊かにしようと心に期していたんだ。もちろん、つい先まで争っていた相手国の王子だ。風当りは当然強いと思っていたし、見下され、心無い言葉を浴びせられても笑っていようと覚悟もしていた。だが」
「想像していたよりもはるかにぬるかったと」
苦しみを浮かべて頷かれた。
「ルージュに言うべき言葉じゃないけれどもね、こんな奴らに帝国は負けたのかとすら思ったよ。そう思ってしまった自分が何より情けないとも」
「負けは然るべきものであったと思いたかったわけだ」
「ああ。もしかしなくとも、キミという存在に出会わなかったら僕はもう帰国していただろうね」
「二回も買いかぶらないでいいんだぞ」
机の上にクルス王子が置いたのは、俺と会わなければ読んでいただろう風属性の魔法操作に関する魔術書で、いつだったか極風が部下にオススメしていたものだった。
前向きか後ろ向きかはわからないけれど。
ある意味クルス王子は最後の砦としてこの図書館に足を運んだのかもしれない。
「それでも僕は、そうだね。キミとルルさんに救われたと思っている。ルージュ・ベルフラウという魔法使いは僕より確実に格上だし、ルル・スピアードの魔法に対する姿勢は見習わなければと思うことが多かった」
「大袈裟だ、とは言わないよ。何を救いとしたかは人それぞれだし、救いとしたものをバカにする権利なんて誰にもないのだから」
気取ったわけでも、慮ったわけでもない、ただの本音を言えばクルス王子は胸に手を当ててしっかり頷いた後。
「……ルージュ、キミに心からの感謝を。こうしてここで会えて、話せて良かった。まだまだこれから、だね。頑張るよ」
「お互いに、な」
少しは……いや、大分とすっきりしたような表情を浮かべてクルス王子は席を立って行った。
見送れば付き人だろうメイド服を着た人が待っていたし、お忙しいようで大変だね。
「……ふぅ」
クルス王子の言をそのまま信じるつもりはないけれど。
「黒幕が帝国……いや、クルス王子ってセンは今のところ薄いのかもしれないな」
もちろんクルス王子が関与できない域で帝国の影はあるとは思う。
ただ、さっきまで話していた内容と込められた感情に嘘はないだろう。
だと、するのなら。
「勝手に落ちぶれた、お互いの足を引っ張り合った結果……ってことになるんだけども」
極魔として。何より国民の一人としてそうはあまり考えたくないし、爺さん含めた国の首脳陣が見逃すとも思いたくないし、戦争が終わったからすぐにここまで落ちぶれるっていうのは現実的じゃないだろう。
「戦争に終わりが見えた頃から、動き出した勢力があるって考えるのが自然か」
思っていたよりも、ずっとずっと国の暗部ってやつに触れる機会になってしまっているらしい。
はぁ、本当に。
「俺は普通の学院生活が送りたいだけなんだけどな」