実際のところ、ただのルージュ・ベルフラウとして動けることはそう多くない。
「正直、下の上か中の下を考えてたっていうのにな」
今の自分というものを客観的に評するのであれば、遺憾ながらも見込みのある魔法使いの卵といったところだろう。率直に言えば今の時点で最低でも中の上の実力はある見込まれてしまっている。
「事前調査を怠ったせいだって言われたのならそれまでだけどさ」
「申し訳ありません。私自身も調査が不足していたと、痛感しております」
「いや。終結が見えていたとは言っても、魔法学院の調査ができる暇なんてなかったのは事実だ。後悔は先に立たない、そういうことだろう」
「承知しております。しかし、だとしてもこれは……」
あまりにも酷すぎる、だろうかエンリが濁した言葉は。
「これもある意味平和になった証拠と思えば良いモノなのかもしれないな。落ちた国力を回復するために動くのはやっぱり貴族たちなんだし。そうするための動きが活発になった結果だよ」
「……申し訳ありません。この光景を私はまだ、そこまで前向きに捉えられません。未熟をお許しください」
ぎゅっと唇を閉じて、拳を震わせるエンリにこれ以上何も言えない。
改めて調査隊を構成する学院性たちは選りすぐりだ。
その選りすぐりたちが目に見えて慢心して、森の中を進む姿は思わず目を覆いたくなるものに違いない。
足跡を消すどころか、小さな小枝をパキポキ鳴らしながら歩き、通常の尾行よりも遥かに近い位置に潜んでいる俺とエンリに気付きもしない。
「前向きにって話ならそうだな、この分ならルルさんをエースにってのは簡単に叶えられそうだ」
「そう、ですね。仰る通りです」
成長して追い抜くどころか、物理的にこいつらが調査中に行方不明になる可能性すらある。
「エンリ」
「はっ」
「先回りして危険度の高いモンスターを処理しておいてくれ。確証はないけど、この森に起きている生存競争は人為的に起こされている可能性が高い。犯人の予想を少しでも外すんだ」
「はっ! 行って参ります!」
この調子じゃあまず間違いなく調査隊の面々は遠くないうちに殺される。
前に見たマンモスのようなモンスターってレベルには留まらないだろう、先にエンリと処理したモンスターを鑑みるに。
「……何、考えてることやら」
調査隊を引率しているラナ先生の考えがわからない。
確かに注意や警戒を促してはいるが、この調査隊には響かないだろう、それがわからない人じゃないだろうに。
厳しく見るなら身をもって知る機会にはなり得る。
ラナ先生は回復魔法を教える人間だ、多少の負傷を治癒することもできるだろうし致命的な何かに繋がるようなことはないのかもしれないが。
「このモンスター変異スピードからみて、先生でも対処できなくなるモンスターが生まれる日は近いですよ? 大丈夫ですか? 先生」
調査隊の調査、並びに護衛を切り上げて図書館に来た。
「――これ、だな」
本当は回復魔法についてを調べたかった、なんて言ってる場合でもない。
改めてエンリと調べた森の異変は中々に複雑な様相を呈していた。
「うーん、やっぱマンモスのようなモンスターから先ってのは無いよな」
あの森に元々いただろう野生の動物は鹿とイノシシで、そいつらがモンスター化してマンモスのような身体になるのはまだわかる。開いたモンスター図鑑にも載っているくらいだし。
だが、内包している魔力も、纏っている魔力も段違いだった。
いずれ今の姿を更に変えて、より凶悪な体躯に変異するのは目に見えている。
「予想がつかないんだよな。流石に翼が生えたりはしないと思いたいけど」
いっそあの森に生息している野生動物をすべて処理する?
いやいや、そうした結果あの一帯にある植物すべてがモンスター化して魔の森になるなんて笑い話にもならないって。
「やっぱ、大本を探り当てるしかないよなぁ……」
言うところの外来種は俺とエンリをしても見つけられなかった。
だからこそ人為的にって話なんだけど、どちらにしても原因をどうにかしなきゃ手を付けられない魔の森を生んでしまう結果はやってくる。
「……獣人、か」
ラナ先生が考えている本筋の一つを紐解けば二つのパターンが考えられる。
一つは身体能力を向上させる魔法を、自分にではなく他者に使える獣人がいる可能性。
もう一つは、あのモンスターたちがやがて獣人と呼べる域にまで変異する可能性。
「どっちを睨んでの獣人かは……やっぱ調査隊に参加しないと教えてくれないよな」
開いていた図鑑を閉じれば埃が舞った。
……そう、埃が舞ってしまうのだこの図書館も、この本も。
周りを見れば俺以外に利用者は片手で数えるほどで、司書の数も少なければ眠たげな雰囲気を隠そうともしない。
「平和な証拠、平和になった証と思え、だよなぁ」
半分は自分に言い聞かせた言葉だ。
複雑といえば今胸にある気持ちもそうだから。
「ガラじゃないっての。まだ時間もあるし、回復魔法の書物でも――」
「おや? そこにいるのは奇遇だね? ルージュ」
「――読みたかったんだけどなぁ。どうも、奇遇ですねクルス王子」
どうにも機会に恵まれないどころか、邪魔をされてしまうよね。