「おはよう新入生諸君。改めて本クラスの担任を受け持つことになったラナ・マシューだ、今後ともよろしく頼む。では早速だが朝のホームルームを始めよう、まずは――」
流石に関係者が担任にはならなかったらしい。
なんとなく見覚えがあるなと思って記憶を掘り返してみたら実技試験の監督をしていた人だった。
膨れっ面をしていたエンリは記憶に新しいが、彼女を抑えての担任だ。
試験監督を任されていたことといい、何気ない所作に戦慣れした雰囲気を感じ取れることといい、中々どうして傑物なのだろう。
「――最後に。エスペラート近隣に広がる森でモンスター同士の共食いが発生しているそうでな。近日中に当学院三年生と教師たちで立ち入り調査をすることとなった。調査完了までは立ち入り禁止になるため近づかないように」
なるほど共食い。
本当に発生しているのか、そういうことにしたのかは定かではないがそれはさておき。
「先生、共食いが発生するとどうなるんですか?」
「モンスターが強化される。共食いとは言うが一種の生存競争ともいえるからな、当然勝者である生き残りは強くなる、あるいは強いから生き残るとも言えるが」
一般的にモンスター生息地域にもよるが、環境への適応って工程の中にはそういうものもある。
食物連鎖のピラミッドを形成しようとするわけだな。
どのモンスターがエサになるかによって頂点もまた変わるし、逆に言えば頂点のモンスターから底辺にいるモンスターの種類も予測できるから、その調査をってことだろう。
ってことは。
「ということは先生、最近あの森で何か大きな変化があったのでしょうか?」
「あぁ。まだ確定しているわけではないが、外来種が入ったと目されている。重ねて言うが、危険なので立ち入らないように。どうしても気になるのであれば調査隊に志願してからだ」
外来種、ねぇ?
ちらりとクルス王子を見れば涼しい顔をしてる。
関係ない、とは言い切れないだろう。何せ王子の目的が王国から将来有望な魔法使いを引き抜くことなら、その素質を測るためにモンスターを持ち込んでという可能性は否定できない。
「調査隊ですか?」
「教師と三年生で調査するが、志願者も受け付ける予定だ。もちろん、相応の実力を示してもらうことになるがな」
いや、モンスター化したイノシシ自体が外来種というわけではない、か?
あのイノシシに手こずっていた彼だ、自分を含めて生徒全滅なんて引き抜きどころの話じゃない。
あるいは、わざと手こずっているように見せていた可能性もあるが……まぁ、今考えても仕方ないか。
「ホームルームは以上だ。入学式のオリエンテーションで伝えた通り、本学院では午前中を共通座学、午後からは選択式の授業になっている。私は回復魔法を専門にしているから、どの授業を受けるか悩んでいるものがいれば私のところに来るといい」
おっ、ラナ先生は回復魔法専攻なのか。
午後からの予定はこれで決まりだな、楽しみだ。
「根拠にはなりえない勘でしかないが、来るならキサマだとは思っていたぞ。ルージュ・ベルフラウ」
「え? あ、ありがとう、ございます?」
職員室をノックしてもしもしすれば、にやりと笑って出迎えてくれた担任様がいらっしゃった。
勘とは何とも言えないが、もしかしたら俺すら気づかない回復魔法の才能でも見出してくれていたんだろうか? だとするならとても嬉しいけれど。
何にしても話が早いのは助かる、このまま一気に回復魔法の選択授業を受けると言おうじゃないか。
「では早速俺を回復――」
「調査隊に志願したいと言うのだろう? まさしく見込み通りの男だな、キサマは」
「――え、えぇ?」
「わざわざ言わんでもいい。改めてキサマが試験の時に披露した魔力操作技術、素晴らしいものだった。将来性を言わずとも現段階で十分一つの戦力と考えられる。こちらからスカウトしようかとしていたところだ」
まるっきり全然志願するつもりなんてありませんでしたけど?
「いや、あの?」
「早速だが考えを聞きたい。今のところ外来種がやって来た影響が濃厚だと考えられてはいるが、実際に外来種を確認できたわけじゃない。私としてはまず森全体の調査よりも外来種を確認するほうが先決だと考えているが……キサマはどう思う?」
は、話を聞いてくれません。
うーん……調査隊、ねぇ?
考えようによっては大人しくこの勘違いか決めつけかはわからないけど、流れに身を任せて協力すればラナ先生からの評価や信頼は得られるだろうし、回復魔法の授業でも目をかけてくれるかもしれない。
ならとりあえず先にこの件を終わらせるのも悪くはない、か。
「外来種の影響であのクラスのモンスターが現れたと言うのなら、かなりの力を持つモンスターと言えるでしょう」
「あのモンスター? キサマ、もしや既に調査を?」
あ、これはまずい。
クルス王子が上手く秘匿したのか? それとも他のクラスメイトが森狩りに行った事実を揉み消した?
わからないけど、他の人を巻き込むのはあまり良くないな。
「申し訳ありません。少し、気になったもので」
「……まぁいい。こうして無事でいるのであれば何よりだし、キサマの実力が証明されたと思っておこう。我々の通達が遅かったことも原因の一つではあるだろうしな。で? 続けてくれ」
セーフ、と思って良いのかな。
あまり実力者だと認識されるのは動き難くなってしまいそうだけど。
「イノシシ、というよりは絵本なんかで見るマンモスに近いモンスターでした。元々はイノシシ辺りがモンスター化したのはそうでしょうが、あまりにも強くなりすぎている」
「マンモス、か。確かにあの森にはイノシシと鹿が生息しているし、可能性は高いな。しかし強くなりすぎていると評するのであれば」
「ええ、極めて濃度が高い魔力を多量に浴びたことが原因でしょう。つまり外来種はそういう存在であるということ」
「ふむ……」
先生は指を顎に這わせてじっと考え込みだした。
倣って勘で推測するのなら外来種の正体はモンスターではなく人間の可能性が高い。
あるいは人間でもモンスターでもないって考えることもできるけど。
「獣人である可能性はどう思う?」
あまり考えたくない可能性は、どうやらラナ先生にとっての本筋だったみたいだ。