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第2話「出会いたくない季節はやってくる」

「――フレア・ボム」


「はぶっ!?」


 春は出会いと別れの季節だなんて言われているわけだが。

 春風を感じる前に生温い風を感じることになるとは思ってなかったよね。


「きゅぅ」


「こういう出会いはどうなんだろうか」


 過去、極水に王都で最先端を行く漫画ってことで、半ば無理やり履修させられた漫画を思い出さないこともない。

 パンを咥えて走ってくる女の子と、同じく遅刻に慌てている男の子がぶつかるシーンなんてテンプレはもうベタ過ぎると廃れたはずだけども。


「あーっと、大丈夫、ですか?」


 残念ながら入学試験へと遅刻しそうになっているわけでもない俺は余裕の歩み。

 何をそんなに慌てていたのかパンを咥えて走ってきた女の子に激突しそうになった。


 当然、避けた。

 避けたら壁にぶつかるのが見えてたから、フレア・ボムを調整して温風のクッションを作っておいた。


 狙ってぶつかりたかったのなら極水レベルになってから出直してこいってもんだが、刺客にしては間抜けすぎるし一般人に違いはないだろう。


「あー、うー……」


 目を回しているけど特に火傷含めて外傷はない。鼻頭がちょっと赤くなってしまっているだけだ。


「大丈夫そうだな。じゃ、遅刻しない程度に」


 そんなわけで全力で見なかったことにしよう。

 俺は登校中に金髪サイドテール女子となんて出会ってないし、ましてや衝突事故の現場にも出くわしていない。


 ボーイがガールとミーツして世界を救う旅が始まられても困るのだ。


「おいおい、薄情なヤツだなキミは。彼女も見るにエスペラート魔法学院入学試験受験者という仲間だろうに」


「仲間ねぇ? そういうならキミが救いの手を伸ばせばいいんじゃないか?」


「ふむ、なるほどもっともだね、そうすることにしよう」


 誰だよ今のイケメン。

 あ、もしかしてテンプレでラブなコメディではなく、泥沼三角関係胃痛物語の始まりになってしまったんだろうか。


「……勘弁してくれ」


 そう言うのにかまけている暇なんてないのだ。


 極炎なんて呼ばれてはいたが蓋を開けてみれば炎属性の魔法にしか素質がなかったってのが偽りない事実ってやつだから、回復魔法を使えるようになるには他の人間より何倍も努力しなきゃならない。


 努力することは嫌いじゃない、むしろやりたいことに必要な努力は大好きだ。

 だからやりたい努力の邪魔になりそうなイベントは徹底的に避けていきたい所存である。


「クラスメイトになったら謝るってことで一つ」


 ざっと視た感じ、そうなる可能性は十分にあるだろうな。

 ちゃんと試験に間に合ったなら合格するだろうあの追突狙いの女の子も、絵に描いたようなイケメンも。


 カンペ用に謝罪文でも用意しておくか。




「じー……」


 お飾りな筆記試験は妙に背中がちくちくした。っていうか今もちくちくするのでいい加減鬱陶しい。


「あー……うん、悪かったよ」


「わひゃっ!?」


 解決しようと振り向いて謝れば中々いいリアクションをしてくれた金髪さん。


 筆記も実技も同じ会場になるあたり、どうにも妙な縁が出来てしまった気がする。

 大丈夫? 胃痛物語始まってない? ほんとに?


「う、ううん!? えっと、その! あ、あたし、あなたに謝ろうと、思ってて」


「謝る?」


「クルス君……あ、あたしを快方してくれた男の子が言ってた。キミが勢い、殺してくれたんでしょ? 最初の勢いのままだったら、もっとおっきな怪我してた」


 ほほうほう。

 目に見えてわかるようにしたつもりはなかったんだけどな? クルス君とやら。


「やるじゃん」


「え?」


 うん? ってことはディープ体当たりされそうになる前から見てたってことだよねクルス君。

 じゃどうせ快方するならぶつかりそうになる前に止めたら良かったんじゃないかなクルス君。

 この子とお近づきになるためにわざと止めなかったなら少しスケコマシが過ぎるぞクルス君。


「いや、何でもない」


「と、とにかく、ありがとう。昔から魔力操作しようとしたら周りが見えなくなる癖があって……あなたにも危うく迷惑をかける所だった、ごめんなさい」


 なるほど、こうして改めて測れば結構な魔力限度を持ってる。

 保有しておける最大魔力量が膨大なヤツは操作に苦労することが多いし、この子もそういうタイプなんだろうな。


「悪癖を理解してるなら試験前に予習するなよ」


「う……はい、仰る通りです」


 理解を示して優しくすることもできるけど、そうしたらボーイがミーツする可能性が高いからやめておく。


「はぁ、そんなに緊張しなくていいって」


「え?」


「試験だよ。上手くやろうなんて考える必要はないさ。試験ギリギリまでできることをしようとするのは感心するけど、上手くなるために学校へ入りたいんだろう? だったら今できることを思いっきりやればいい。後は教師の仕事ってやつだ」


 正直なところ、保有可能な魔力量ってのは生まれの時点である程度最大値が決まってしまう。

 俺みたいな特別変異は置いておくとして、才能があっても保有魔力限界量が少なくて枕を濡らすやつなんてのはごまんといるわけだ。


 将来有望。

 この女の子はそう言えるだろう、誰もが欲しているけど誰もが簡単には手に出来ないものを持っているのだから。


「ルル」


「うん?」


「あたし、ルル・スピアードって言うの。あなたは?」


「ルージュ。ルージュ・ベルフラウ」


 唐突に始まった自己紹介に驚く俺を他所に、ルルさんとやらは小さく俺の名前を呟いた後。


「ありがとうね、ルージュ君! これからよろしくお願いしますっ!」


「あ、あぁ、こちらこそ」


 問答無用で握手してきた。

 ……スピアード? いつかのどっかで聞いたような気がするけど、まぁいいか。


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