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十三、セーラー服戦士の秘密

 母さんから何度か電話が掛かってきた。

 セーラー服戦士の正体が自分の娘だとは気付いてなかったけど、昨夜のナノロイドと自影隊の戦いをTVで観て、珍しく心配になったらしい。

 あたしは「大丈夫、あたしは元気よ」と嘘を吐いた。

 とてもじゃないけど、ありのままを母さんに話すわけには行かない。自分自身ですら、昨日からの出来事が現実とは思えなかったのだから。

 頭の中に居た男の声も、ヘラクレスの戦い以降に聴こえる事はなかった。ひょっとすると、あの男だけはあたしの脳が創り出した架空の人物だったのかも……。


 くぉん、くぉん、という磁気共鳴スキャナーの耳障りな駆動音がようやく終わると、ヘッドフォンから指示が入った。

〔よーし、もう起きていいぜ、お嬢ちゃん〕

 あたしはヘッドフォンを外してベッドの上から起き上がった。

「あ、ありがとうございます」

 枯れ木……といった印象の爺さんが、部屋を隔てたガラス壁の向こうから手招きしていた。この防衛庁の敷地内にあるD棟、技術研究本部の塚本博士だ。

 扉を開けて別室に入ると、新造叔父さんが真っ青な顔をして、モニターに映るスキャン画像を凝視していた。

「これが、現在のお嬢ちゃんの身体だ」

 思っていた通りだった。

 そこに映っていたあたしの中身は、およそ人間とはかけ離れたものだった。

「紫音の身体は一体どうなっとるんだっ!?」

 塚本博士は、口に咥えていた煙草を吸い殻の溜まる灰皿に押し込むと、くるり﹅﹅﹅と椅子を回転させて説明を始めた。

「外骨格は人間の身体と同じ。だが、中身がまるで違う。骨密度も異常に高えし、細胞もヒト科の……て言うか、地球の生物とはまるで違う。一見、スマートな女の子に見えるが、体重は百キロを優に越えている。セーラー服に見える表皮も、ナノ細胞で造られている。心臓や肺にあたる臓器が増えて強化されている。消化器官や子宮などは無く、代わりに丸い奇妙な器官が下っ腹の辺りにある。資料で貰っていたナノロイドの体構造と、ほとんど同じだな」

 と言うと、新しい煙草を胸ポケットから取り出し、かちゃりとライターで火を点けて再び紫煙を燻らせた。

「あたしはナノロイドなんですね?」

 塚本博士はモニターを見つめたまま、独り言のように続けた。

「…………いや、正確に言うと、ちと違うな。乃村秘書官の肉体は爪の先から頭の天辺まで、全てナノ細胞で出来ている。後頭部には、小さな……サブ・ブレインとでもいうべき器官が大脳に癒着している。だが、脳だけは辛うじて生身だ。信じ難い事だがあんたの身体は、元来の大脳だけを残してナノ細胞に置き換わっているらしい」

「で、では少なくとも、心は紫音本人なんだな」

 矢部総理の問い掛けに小さく頷き、塚本博士はさらに続けた。

「日本のロボット工学の水準は、世界でも群を抜いて優秀ではあるんだが、それでもここまで人間そっくりのロボットってのは見たことも聞いたこともねぇ。

 いや、荷稲くんのナノロイドは機械を組み立てるというより、生物を模倣した人工細胞に遺伝子情報のようなプログラムをインプットしてあるんだろう。それに従って、細胞が勝手にエネルギーを吸収し、プログラムに沿った姿形に増殖するんだ。

 まぁ、世の中のどんな生物も、神様に与えられたプログラムに従って成長するわけだが、こいつを意図的に人間がやるとなると大変なこった。生物学の分野でも、人間の部品を錬成するプログラムを組んだりするが、耳を造ったり眼球を造ったりするだけでも何年もかかってるんだ。それを一人で、しかも人工細胞を使って人間を超える人造人間を造るなんざ、まさに神業としか思えねぇ」

 この饒舌に語る爺さんは、軍需産業にこの人ありと謳われた塚本九四郎博士だ。

 彼が櫻花の為に開発したブレイン・マシン・インターフェイスの技術は、現在では人間の使う義肢などに広く応用され、本来ならノーヘル医学賞を取ってもおかしくはないのだけど、防衛庁に居る学者というだけで候補に上がる事すら無いのだそうだ。


 塚本博士の長広舌が終わり、矢部総理が疑問を口にした。

「ちょっと待ってくれ。紫音の身体がナノロイドになっているとすれば、荷稲博士が自分の敵になる存在を、わざわざ造り出したという事になるぞ?」

 博士は煙草の煙をふうーっと天井に吐き出し、総理の疑問に答えた。

「んー、と言っても、お嬢ちゃんの身体は、荷稲くんのナノテクノロジーで造られている事に間違いはないぞ。してみると、内部の人間が謀反を起こしている可能性が高いかもなぁ」

 じゃあ頭の中で聴こえた男の声は、ナノテクノロジー研究所の誰かなの?

 内部の人間だから正体を明かす事ができず、ウラノスと名乗ったのかも知れない。そう考えると、いろいろと辻褄は合うような気がした。

「では、紫音の脳だけでも摘出できんのか?」

「そりゃまぁ、不可能じゃないかも知れんが、器が要るだろ」

「うつわ?」

「大脳だけを取り出して、水槽に浮かべとくわけにも行かねぇだろ。脳の組織からクローン体を誕生させるのは簡単だが、それを育てて人間のコピーを造るってのは、まぁ日本の法律に違反するわな。治外法権の中華に頼むって方法もあるが、急性培養させても、使える大きさに育つまで十年はかかるぞ」

 叔父さんの気持ちは嬉しかったけど、あたしの心は既に固まっていた。

「あの、あたしの身体ならいくらでも切り刻んで研究材料にしてもらっていいので、ナノロイドたちを倒すための兵士を造って下さい!」

 塚本博士は、ぐわっと瞳を広げてあたしの顔を凝視していたが、やがてぷる、ぷる、ぷる、と頭を横に振った。

「さっきも言ったが、こいつは神業……、いや悪魔の業さ。俺だってちっとは名の知れた科学者だがね、それでも、このナノロイドの技術を応用するには時間がかかる。それも、荷稲くんの頭の中を百分の一でも理解できて、ようやっと何らかの軍事兵器に、ちょっぴり応用が利くという所だろうな……。申し訳ねぇが、今すぐにこの技術を借用して、あのナノロイド軍団に対抗する兵士を造るってのは、俺ではちと荷が重いぜ」

 日本屈指の兵器職人の腕をもってしても、荷稲博士の技術は手に余るらしい。


「失礼します!」

 あたしたちが失意に項垂れていると、自影官の一人がドアを開けて入って来た。

「どうした?」

 男は踵を鳴らして軍隊式の敬礼をすると、背筋を伸ばして口を開いた。

「は、神山新一という人物が、矢部総理に直接会って報告したい事があると、下まで押し掛けておるのです」

「ちっ、旭日テレビのアナウンサーかよ」

 マスコミは嫌いなのか、塚本博士は露骨に嫌な顔をした。

 神山新一といえば、コロリ患者の最期を全国に生放送した『毒ダネ!』の司会進行役だった人だ。でも、あの事件の後で番組を降板になり、局と揉めたのか……そのまま旭日テレビを退社していたはずだ。

「神山氏の他に、例の真琴島の生き残りも同伴しておるようで……」

 と、自影官の男が先を続けると、まるで興味がなさそうにしていた矢部総理が、慌てて椅子から身を起こした。

「なんだと、真琴島の住人が来とるのか!?」

 矢部総理は二人をこの階の応接室へ通すように命令した。

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