〔うわっ、サイバンの頭が捥げた!〕
〔ギャハハハハ、TVの司会者がコロリだってさ〕
〔うちの社長の頭が捥げた!〕
〔三美神が来たスタジオでコロリが大量に出たってよ〕
〔邪蛮ウイルスめっ!〕
〔ニュースキャスターの頭が捥げた!〕
〔ギリシャのアテネで大量のコロリ患者が出た!〕
〔バリス首相がコロリで死んだらしい〕
〔マジかよ、IGCのストームがコロリで死んだらしい〕
〔ゴリンピアの首ちょんぱと同じ時刻だ!〕
〔日本が生物兵器を使ったらしいぞ!〕
〔ギリシャのアテネでコロリ患者が発生しました〕
〔邪蛮ウイルスが世界に蔓延!?〕
〔IGC会長のストーム氏、コロリウイルスで死亡〕
〔エド・サイバン氏、コロリウイルスで死亡〕
〔ウイルステロか!?〕
〔英国のバリス・ジェイソン首相が死亡〕
〔邪蛮めっ!〕
〔日本にミサイルを打ち込め!〕
今まで日本でしか確認されていなかったコロリウイルスが、突如として世界じゅうで発生した。最初はSNSを中心に、やがて大手メディアでも、この数時間のうちにコロリコロリと首が捥げたというニュースが流れてきた。
「コロリウイルスは、荷稲博士がばら撒いたとでもいうのか?」
矢部総理は次々と流れて来るニュースに愕然とした。
「はい……確実な情報でコロリ患者が発生している国と地域は、ナノロイドたちがゴリンピア大祭の宣伝のために訪れた場所とほぼ一致します。関連が無さそうなのは、ドイツにいるIGCのストーム会長ぐらいでしょうか」
「いや、彼の所には、博士の提案でアプロディーテを送り込んでいた」
まさかの枕営業かよ……。
その後、荷稲博士とナノロイドたちは、日が暮れてからも新国立競技場に籠城し、世界じゅうに首の捥げた観客たちを映し続けていた。
「へ、陛下はご無事か!?」
「はっ、天脳陛下と宮内庁の方々は皆無事です」
守本会長の質問に、花園警部が動画の一部をアップにしながら答えた。
「ふむ。それは不幸中の幸いだが……観客七万の首が全て捥げておるのに、なぜ陛下たちだけが無事だったのだ?」
「そんな事はどうでも良い、早く陛下を御救いせねばっ!」
自問自答する矢部総理に守本会長が食ってかかったけれど、これは確かに妙な話ではある。コロリウイルスを荷稲博士が生物兵器として利用したのは間違いないとしても、その感染経路はいまだによく分かってない。さほど感染力は強くないハズなのに、競技場にいた七万人全てが罹患したという事は、今回に限ってはかなり直接的な方法で体内に注入したとしか……。
「あっ……博士が提供した高速BSRか」
自分の考えが、つい声になって出てしまった。
「あの機器が何だというのだ?」
「……はい、高速BSR検査機は競技場の八カ所のゲートに設置して、入場する全ての観客に対して使用しました。でも、陛下や宮内庁の方々は通常のBSR検査機を使用したハズなんです」
総理はテーブルに拳を叩きつけた。
「検査と称して、ウイルスを植え付けたのかっ!?」
あたしたちは荷稲博士という人物を信用し過ぎたのだろう。
思えば最初から全てが出来過ぎていたのだ。日本のゴリンピック大会を中止に追いやったコロリウイルス。そこへ都合よく用意されたゴリンピア大祭という代替案。千体ものナノロイドの神々。次から次へと出てくる荷稲博士のアイディアでトントン拍子に事は進み、まんまと七万人の殺戮ショーを全世界に生配信した。これが彼の仕組んだ罠でなければ何だというのだ。
でも、荷稲博士の目的は今もって分からない。彼は何かしらの思想犯なのかも知れないし、単なる愉快犯なのかも知れないし、或いは頭のイカれたマッド・サイエンティストなのかも知れない。
「総理、まずはナノロイドたちを殲滅しませんと……」
足沢防衛大臣が大量の汗を拭いながら進言すると、隣の席にいた守本会長が大臣の胸ぐらを掴んで怒鳴りつけた。
「貴様、陛下を犠牲にするつもりかっ!!」
矢部総理は溜息をつき、守本会長に向かって諭すように話し始めた。
「これほどの大量殺人を犯しておきながら、いまだにその理由すら明らかにせぬ連中ですぞ。日本の最高責任者として、これ以上、彼奴らを野放しにはしておけんのです。守本さん、陛下の安全確保も同時に行いますので、ここは私の判断に任せてください」
掴んだ手を離すと、守本会長は総理の顔を真正面から睨みつけた。
守本
「良かろう、だが陛下の救出を第一に考えてくれよ」
総理と足沢大臣とあたしは、直接指揮を取るために仙駄ヶ谷の新国立競技場へ車を飛ばした。
「皆さま、戦場へようこそ!」
競技場前に仮設された野営天幕へ入ると、薄手のタクティカル・スーツに身を包んだ澁谷幕僚長が、軍隊式の敬礼を鮮やかに決めて出迎えた。天幕の内側には、小さな組み立て式のテーブルが置かれている以外何も無かったが、
「澁谷くん、総理に作戦を説明してくれ」
足沢大臣が流れ出る汗を拭いながら手短に告げると、青白い灯りの下に楕円形をした競技場の見取り図を広げ、澁谷幕僚長は口を開いた。
「ご覧の通り競技場のゲートはAからHまでの八方向あり、どのゲートにも二体のナノロイドが門番として立っております。このうち、陛下たちのおられるスタジアムの正面に近い、A、B、C三つのゲートから班を分けて突入します。競技場内の映像を見る限り、門番以外のナノロイドの警備はさほど厚くないと予測します。ゲートを突破した後は、四つ足モードに切り替え競技場まで一気に侵入、ナノロイドらの殲滅に当たります」
「渋谷くんも
三班の構成要員を見て、足沢大臣が尋ねた。
「はっ、通常の任務であれば無線で指揮を取るだけですが、今回は私が直接乗り込み現場で陣頭指揮を取ります」
と言う渋谷幕僚長の顔は酷く楽しそうに見えた。
相当な戦歴の持ち主と聞いているから、久しぶりの実戦で血が騒いでいるのに違いない。
「で、陛下の救出プランは?」
矢部総理は少し眉根を寄せて尋ねた。
「はっ、
澁谷幕僚長はここで言葉を切り、矢部総理の判断を待った。
「陛下さえご無事であれば残りの生死は問わぬ」
と、総理は簡潔に答えた。
「ところで、乃村秘書官」
「は、はいっ!?」
唐突に名を呼ばれ、狼狽しているあたしに視線を据えると、澁谷幕僚長はやや興奮気味に話を続けた。
「ヘラクレスとの死闘、拝見しましたぞ。しかしそのセーラー服……いや、強化服の性能は素晴らしいものですなぁ。あなたのような細身の女性が、あの巨大な体躯のナノロイドを力で押し切るとは、澁谷感服しました。とくに最後の四本貫手、あれは人間業とは思えませんぞ!」
この人は根っからの軍人なのだろう。今からあの恐ろしいナノロイドたちと戦うというのに、その眸は闘争心に燃えていた。
「あ、あの、ゲタンデンを狙ってください!」
あたしはナノロイドたちの弱点を伝えなければならないと思い、例の頭の中の男が言っていた言葉を口に出した。
「上中下、三つの丹田のうち、ヘソ下三寸にある下丹田の事ですな?」
ゲタンデンってそういう意味なのね……。
「はい、そこがナノロイドたちの弱点なんです!」
しばし考え込んだ後、澁谷幕僚長は通信機のスイッチを入れた。
「こちら澁谷、戦鎧師団全機へ告ぐ。ナノロイドらへの攻撃箇所だが、まず最初にヘソの下辺りの丹田に集中させろ。そこが奴らの弱点である可能性が高い。ただし効果が薄い場合は、通常の攻撃に戻せ。以上!」
幕僚長は敬礼を交わすと、櫻花の待つ天幕の外へ向かった。
競技場の周囲に張り巡らしたフェンスには、野次馬のごった返す姿が見えた。