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七、セーラー服戦士の目覚め

 今日はゴリンピア大祭の初日──。

 そろそろ起きて出かける準備をしないとね、と思って布団の中でごろごろしていると、いつの間にかあたしの枕元に誰かが立っていた。

 顔はよく分からなかったけど、優しい感じの男の人だ。

 男はあたしの顔を覗き込み、にっ﹅﹅と猫のような笑顔を浮かべると、大事そうに両手で抱えていた何かを差し出した。

「君にこのセーラー服を着て欲しいんだ」

 感じは優しいが変態だった……。

「あ、あたし来年で三十路だから、さすがにセーラー服は無理っ!」

 慌てて逃げようとするが、なぜか身体の自由がかない、力が入らない。男は緩慢になったあたしの身体に手を掛け、寝間着を脱がせて丸裸にしてしまう。

 恥ずかしさの余り顔から火を吹きそうだったが、男の態度はすこぶる紳士的だ。

「これを着る事ができるのは君しか居ないんだよ」

 と耳元で甘く囁くと、無理矢理セーラー服を着せていき、最後にあたしの首に赤いリボンを巻いた。


 という場面で目が覚めた。

「何てアブノーマルな夢なのよ……」

 そもそも夢を見る体質でもないあたしが夢を見るなんて、一体何年ぶりの事だろう。しかも、やけに生々しかったぞ。

「大学の時の彼氏と別れて以来、男日照りだったせい?」

 などと自嘲混じりに呟いていると、何だか寝間着の感じがいつもと違う事に気が付いた。

 胸の辺りをまさぐると、ひらひらとした布の感触がした。

 下半身もやけにすーすーとする。

「まさか、ね……」

 寝床から這い出し部屋の姿見に駆け寄ると、そこには夏用のセーラー服を着た自分の姿が映っていた。しかも、ご丁寧に靴まで履かされてる……。

「何よ、これ?」

 あたしは部屋の中をきょろきょろと見回した。

 さっき見た夢はやはりただの夢ではなく、さては変態野郎が夜中に忍び込んだかと一瞬パニックになるが、やはり誰も居ないようだし、窓もしっかり施錠されていた。

「意味分かんない……」

 だが、今夜はゴリンピア大祭の初日だ。

 あまりにも謎だらけだが、自分の都合で遅刻するわけにはいかない。兎に角、服を着替えて出かけようと、セーラー服を脱ごうとしたが、

「えっ、いや、何これ、嘘でしょ!?」

 いくら引っ張ってもファスナーを下ろそうとしても、まるで脱げない……。

 信じがたい事だが、セーラー服とあたしの肌は癒着していた。一見、普通に服を着ているだけに見えるのに、スカートも靴も靴下も、いや純白のパンティすら、皮膚の一部として肉体に張り付いていたのだ。

「そんな馬鹿なーーーっ!?」

 二階の自室で叫んでいると、心配した母がドアを開けて入って来た。

「し、紫音ちゃん、その姿、あなた、まさか……」

「いや、ちょっと落ち着いて、母さん」

 この事態をどう説明したものかと頭を巡らせるが、まるで考えがまとまらない。母はそんなあたしを憐れむような目で見ると、心配そうに言葉をかけた。

「紫音ちゃん、母さん、イメクラとかでバイトするのは反対しないけど、さすがに女子高生の設定はキツくないのかい?」

「ち、ちがぁーーーーーーーうっ!!」

 あたしは母への説明を諦め、叔父の待つ首相官邸に向かった。


「叔父さま、お、おっはよーございまーす!」

 三十分遅れで執務室のドアを開けて中へ入ると、矢部総理があたしの顔をじろり﹅﹅﹅と睨みつけた。

「遅い、紫音、今日はゴリンピア大祭の開会式なんだぞ。事務秘書官のお前が遅刻してどうする……んー、何だその暑っ苦しい服装は?」

 総理が不審がったのも無理はない、あたしはこの真夏の炎天下にロングコートを纏っていたのだから。

「あのぉ、まずはこれをご覧ください」

 あたしはボタンを外してロングコートの前をはだけさせ、真新しいセーラー服姿を叔父である総理の前にさらけ出した。

 これじゃ丸っきり痴女だわ……。

「し、紫音、お前さん、何てぇ格好しとるんだ?」

「したくてしてるんじゃないわよっ!」

 あたしは半分ベソをかきながら今朝からの経緯いきさつを手短に話すと、上着の胸元をめくり、途中から生地と皮膚が癒着している箇所を見せた。

「ふーむ、面妖な……。服にシワも寄っておるのに脱げぬとはな。ふふふ、ジッパーは付いとるのにまるで動かん。セーラー服を着たように見える皮膚になっておるのか……。しかしこりゃ、まず病院で診てもらった方が良くないのか?」

 何が可笑しいのか、総理はにやにやと笑いながらスカートのファスナーを弄んでいた。

「あのね、新造叔父さん。冷静に考えて。朝起きたら、身体がセーラー服の皮膚に変わっていたのよ。それも靴を履いた状態で!」

「ふむ」

「こんな病気、有ると思う?」

「確かに医者に診せても埒はあかんな」

 総理は真剣な顔付きに戻ると、上着のポケットからハンカチを取り出し、涙のつたう頬を拭ってくれた。

「それよりここに来て、荷稲博士に診てもらった方が良いと思ったのよ」

 あたしの苦手なタイプの男だったが、超一流の科学者の彼ならば、何かしら解決策を考えてくれるのではないか……そう思ったのだ。

「ふむ、こりゃあ確かに科学の領分かも知れんな。開会式の擦り合わせに、ちょうど博士たちがいらっしゃる時刻だ」

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