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五、神々の宣伝活動

 次の日から、塔京ゴリンピア大祭の宣伝活動が開始された。

 公式HPにツルッターにインスタクラブにUチューブにと、ナノロイドの神々の写真や動画がどんどん投稿されたのだ。

 また、コロリウイルスの影響で虫の息だった大手広告代理店の伝通も、TV番組やCMに彼らを多数起用したことでV字回復したらしい。

 とくに人気が高かったのは、この世のものとは思えぬ美しさの『ムーサ少女隊』という九人の女神グループだ。エラトやエウテルペが奏でる竪琴と笛の音に合わせ、カリオペをメインボーカルに、タレイア、メルポメネ、ポリュムニアらがハーモニーを紡ぎ出す。そこへテルプシコラ、クレイオ、ウーラニアらが舞を踊るというきらびやかな歌番組は、なんと七十%を越える視聴率を叩き出した。

 その他、ヘラクレス、アキレウス、アレスなどの男臭い……いや、野生的な曲芸をやる『筋肉青年帯』や、パン、ケンタウロス、ゴルゴン、キュクロプスの半獣神からなる神がかりなテクニックのロックバンド『ザ・ビーストズ』も一定の層から根強い支持を得ていた。

 しかしあたし的には、真っ赤なローブを身に纏い、月桂樹の冠を着けた姿の美青年、アポロンさまが一押しだった。

 竪琴を奏でるアポロンさまの美しさときたら、そりゃあもう……。


 それはさておき、現代は情報の伝わり方がとても早い。

 もののひと月もしないうちに、世界じゅうの人々がこのナノロイドの神々に魅了された。非公式のゴリンピック計画ではあったけど、海外のメディアも彼らを快く受け入れ、ぜひうちのTV番組に出て欲しいという依頼が殺到したのだ。

 コロリウイルスの問題があったため、いまだ日本人の海外渡航は完全に禁じられていたんだけど、そこは何と言っても人工生命体、ナノロイドだけが単独でやって来るのであれば、人間の流行病はやりやまいを撒き散らす危険はないだろうと、神々は世界じゅうを飛び回った。

 そしてその人気を決定づけたのは、アメリカはニューヨーク州の人気トーク番組『エド・サイバンショー』への出演だった。

「やー皆んな、今日は日本から素敵なゲストが来てくれたぞ!」

 司会のエド・サイバンがさっと両手を広げ、ギリシャ神話の三美神たちをステージに招き入れると、スタジオ内は割れんばかりの拍手と喝采が飛び交った。

 相変わらず鎧と盾で重武装している無骨な姿のアテナに、露出度の高い貝殻の胸当てと腰布姿の艶やかな女はアフロディーテ、純白のローブを身に纏う落ち着いた雰囲気の女はゼウスの奥さんのヘラだ。

 三美神と言うだけあって、その溢れ出る美しさは他の下級女神たちより数段上回っている彼女らだが……。

「パンパカパーーン!」

「ヘラでーす!」

「アテナでーす!」

「アフロディーテでーす!」

「我らゴリュンポス三美神っ!!」

「美の極致!」

「自画自賛かよー!!」

 あたしは、ネット中継で流れて来た三美神の第一声にずっこけた。

「こ、この人たちって、こんなキャラでしたっけ!?」

 隣の席にいる荷稲博士に問い正すと、にやにやと笑いながらこう答えた。

「いやぁ、米国人の感性に合わせて、彼女らにテンション高めのご挨拶を練習させたんだけど、ちょっとやり過ぎたかなー?」

 この人、確信犯だわ……。

「ま、女はこのくらい愛嬌のある方が可愛げがあって良い」

 日本ゴリンピック委員会の守本会長が、上機嫌で合いの手を入れた。

 こいつ、また不穏な発言を……。

 アメリカでも非常に影響力の強い番組とあって、十六時間の時差もなんのその、朝っぱらから粕見かすみヶ丘町のJGCビルまで引っ張り出され、エド・サイバンショーの生中継をおじさん二人と見る羽目になってしまったのだ。


「今日は君たち三人に、ナノロイドの事について色々質問させてもらうよ。いいかい、このエドが三人の中で一番だと思った女神さまには、番組の終わりに黄金の林檎を献上するよ!」

 エド・サイバンは悪戯な笑顔を浮かべながら、金色の林檎を持ち出した。

 ゲラゲラゲラと大笑いする観客たちの声が聞こえて来た。あたしには何が面白いのかまるで分からなかったが、アメリカ人の壺にはまったらしい。

「いいですわよ」

「今度は負けないわ!」

「うふふ、負け犬の遠吠えね」

 三美神はお互いの顔を見合わせ、闘志満々のリアクションで返した。

「サンクス。じゃ、手始めに視聴者からの質問をひとつ」

 彼はテーブルの前に置かれた手紙を手に取った。

「ペンネーム、錯乱ボーイさんからのお手紙だ。ヴィーナスさまに質問です。ぼくはあなたをひと目見て恋に落ちました。あはは、俺もそうだよボーイ。えーっと、これはあくまで可能性の問題ですが、そもそも人間とナノロイドは結婚する事ができるのでしょうか? だってさ」

 アフロディーテはゆっくりと肉体を揺らし、紅い唇をマイクに近づけた。

「うふふふふ、とっても良い質問ね。まず、あたしたちは人間そっくりに見えるけどぉ、内臓器官は人類とは……って言うか哺乳類とも全然違うのよねぇ」

 おおぉ……、という悲嘆の声がスタジオ内に響いた。

「でも安心して。殿方と夜のお相手ができるように、下半身は人間と同じに設計デザインしてある……」

「おーっとストップ、まだお子ちゃまも起きてる時間だ!!」

 エド・サイバンが大慌てでアフロディーテの話を遮ると、スタジオ内から下品な笑い声とピーピーという甲高い指笛の音が聞こえた。

「あはははは、あー楽し。えーっと、続いてはハラキリレディさんからのお手紙だ。あなたたちナノロイドは、人間のように自我があるのですか? もしあるとすればムシャクシャした時に、ついカッとなって人間をブン殴りたくならないのですか? こりゃすごい質問だね」

 形而上学的な問いかけに、今度は最高位の女神であるヘラが口を開いた。

「我思う、ゆえに我あり……。近世の哲学者の言を持ってすれば、自我の定義は自己認識力と置き換えて良いのでしょう。では我々ナノロイドは自己認識が出来ているのか? つい数カ月前に培養ベッドで目覚めた時から、我々にはギリシャ神話の神々としての記憶が与えられていました。夫であるゼウスを見るたびに、私はありもしない過去の浮気の数々に嫉妬している始末です」

 スタジオからはくすくすと笑い声が漏れた。

「が、同時に、自分がドクター荷稲に作られた人口生命体である事も知覚しています。女神ヘラとしての記憶は、役を演じる為の台本に過ぎない……というのが、目覚めた時から持っている私の中の相反する自己認識ですが、これで果たして自我があると言えるのか、どうか?」

 エド・サイバンは、今までと打って変わった真剣な眼差しを向けると、こう言い放った。

「自分をナポレオンと思ってる人間よりは、百倍ましだね」

 またしても場内からはゲラゲラゲラと笑い声が聞こえた。どうもアメリカ人の笑いの壺はよく分からないわ……。

 もう一つの質問にはアテナが答えた。

「人間への暴力に関しては、ロボット三原則が刷り込まれています。

 第一条、ロボットは人間に危害を加えてはならない。

 第二条、ロボットは人間の命令に服従しなければならない。

 第三条、ロボットは前記に反しない限り自分を守らねばならない。

 私たちナノロイドは脳の中枢レベルに、この三原則がインプリンティングされているので、人間を襲う事はできない仕組みになってますわ」

 ここでもまた、エド・サイバンは妙に真剣な顔付きで返した。

「なるほど。われはロボットってわけだね」

 ひょっとしてこれは、局側が意図的に用意した質問だったのかも知れない。

 あたしは直感的にそう思った。


 その後の視聴者からのお手紙は、

「一緒にいる羽の生えたガキは実の息子なの?」や、

「手に持ってる蛇女の盾が不気味過ぎません?」とか、

「旦那さんは今でも浮気してると思いますか?」など、

 際どい質問ばかりが続いたが、女神たちの赤裸々な回答にスタジオは爆笑の渦に飲み込まれて行った。

「いやぁ素晴らしい、三人とも本当に素敵な女性だ。ムーサ少女隊やニュンペーの美少女たちも、この世のものとは思えない美しさだけど、あんたたちの魅力は……うーん何というか……」

 エド・サイバンがワザとらしく言いあぐねていると、

「うふ、セックス・アピールね?」

 すっかりエロネタ担当になったアフロディーテが、間髪を入れずに答えた。

「そう、それだ!」

 スタジオはまたしても下品な笑い声に包まれた。

「さぁーて、放送もあと数分でおしまいになったけど、冒頭で言ってた事、忘れちゃいないよ。金の林檎を受け取るのに最も相応しい女神は、勿論……」

 エド・サイバンが黄金の林檎を片手にパチンっと指を鳴らすと、スタッフのひとりが走り寄り、彼に何かを手渡した。

「三人とも完璧パーフェクト。な・の・で、林檎は三つ用意しておいたんだ」

 黄金の林檎を三美神がひとつづつ受け取ると、割れんばかりの拍手が巻き起こり、エド・サイバンショーのネット中継は無事終了した。

 隣の席の荷稲博士が満足そうに拍手をしていると、守本会長はぶるっ﹅﹅﹅と身を震わせ、同じように拍手し出した。

 こいつ、明らかに寝てたな……。


 この放映が流れた数日後、傍観を決め込んでいた国際ゴリンピック委員会のストーム会長から、首相官邸にホットラインの連絡が入った。

「ほう、ほう、一度取り止めになった塔京ゴリンピックを。ほう、ほう、正式に認めると言うのですかな? 人工生命体による競技大会を、心良く思っていない層も居りますが……ふむ、なるほど、それならば問題ありませんな。承知しました」

 矢部総理は真紅の電話を静かに元に戻し、

「ゴリンピア大祭をIGCの正式催事として承認するそうだ」

 と、他人事のように呟いた。

「まるで金の亡者ですね。ナノロイドたちが世界的な人気者になって自分たちの得になると分かったら、途端に手の平を返すなんてっ!」

 あたしは五輪を金儲けの道具としか思っていなそうなストーム会長のやり口に、前々から嫌気が差していたが、事ここに至ってからの突然の便乗に開いた口が塞がらなかった。

「まぁ良い。IGCのお墨付きを貰えれば、こちらとしては有り難い。これでゴリンピア大祭も大いに盛り上がるだろう」

「でも……抗議する選手たちが出て来ませんか?」

 あたしは国際ゴリンピック委員会の参加により、差別だ、差別だ、と騒ぎ出す連中が、少なからず出て来るのではないかと頭をよぎった。

「ふむ……。作り物と分かっておっても、人間そっくりのナノロイドたちが人間を遥かに凌駕する競技を見せようというのだ。やはり、あまり気持ちの良いものではなかろう。いくらパンデミックによる緊急的な措置で、今回限りの催事だと説明した所で選手らは納得すまいよ」

 だけどそんな選手たちの声は、圧倒的な世論の前に打ち消された。いつの世も、多数の要求は少数の要求に優先するのだ。

 かくして、神々によるゴリンピア大祭は一週間後に開かれようとしていた。

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