コロリウイルス。
二〇二〇年、夏の塔京ゴリンピックが中止になった元凶はこいつだ。
最初にコロリウイルスが確認されたのは、太平洋に浮かぶ小笠原諸島の一つ
病は島の男たちを中心に蔓延し、生き残った女たちが本土に助けを求めた頃には、二百人にも満たない人口の八割もの島民が死んでいたが、その死に様が異様だった。
島の各所で野たれ死んでいた死体に首から上はなく、真っ赤に変色した頭が胴体から
このあまりに不思議な病はこぞってメディアに取り上げられたが、真琴島の住人以外に発症例がなかった事から、世の人々は面白がるばかりで対岸の火事を決め込んだ。
だけど旭日テレビの報道番組『毒ダネ!』により、コロリウイルスは一気に危険視される存在となった。
事件は六カ月前の生放送中に起こった。
「えーですかぁ皆さん、確かに悲惨な死に方ですけどねぇ、死人も真琴島のもんしかおらんでしょ。ま、どういう病気なんかよう分かってないそうですが、本土はおろか近接する島からも感染者が出てないとこみると、この真琴島特有の風土病でっしゃろ」
他の専門家も散々口にしてきた事柄を、さも尤もらしく言い放つこの男は、関西出身の丸屋貞夫という作家だ。
いや……昔はそこそこ売れていた時期もあり直鬼賞も受賞していたが、現在では何を書いてもまるで売れず、毒舌だけが売りのコメンテーターを生業としている以上、元作家といった方が適切なのかも知れない。
「確かに丸屋センセの仰るように、このコロリって真琴島以外で死んでる人居ないんですよねぇ。なんで島の外に広がらないのかしら?」
「うーん、そこ、不思議なんやけどね。わしの考えでは、感染する条件に超濃厚接触があるんやないかと睨んでましてなぁ」
「と、言いますと?」
アナウンサーの神山新一が先を促した。
「この真琴島、近接する島の人間からは『
「つまり、スケベな男たちから広がったのね!?」
「うははははははは、そう、そう!」
かなり際どい話を、河瀬もも子が持ち前の天然キャラで身も蓋もなく返すのを聞き、丸屋は弾けたように笑い転げた。
「ちょっと待って下さい。その話、近くの島に風聞として伝わっていたのは確かですが、そこへ行った人間は居なかったというじゃないですか。実際、真琴島にそんな施設があった痕跡も見つかってない。ただの都市伝説の類だと……」
さすがに話が暴走し過ぎたとみたか、神山アナが内容の訂正を入れた。まだ三十を過ぎたばかりの青年アナウンサーで、ルックスの良さから『毒ダネ!』の司会進行役に抜擢されたが、毎度毎度の与太話に嫌気がさしていたようだ。
「あんさん真面目やなぁ、ただの冗談ですがな。ま、どうせ未開の島だけで流行った風土病でっさかい、そない心配せんでもよろしいちうこってすわ」
「丸屋さん、お言葉を返すようですが、このウイルス……実際にはウイルスなのかどうかさえ、いまだはっきりしないこの病を、そう簡単に風土病と決めつけるのは如何なものかと思うのですが……」
と、再び丸屋貞夫を嗜めるが、
「うはははは、馬鹿ばかしい。えーですかぁ、死んどるもんがあの島にしかおらへんのやったら、島に近づかなければそれで済むっちう話でっしゃろ? 報道陣の連中も島に上陸した人そこそこおるけど、そのあと発病したっちう話、聞いたことあらへんがな。えーですかぁ、そうやって無闇に世の中に恐怖煽るん、マスコミの悪いとこでっせ。そやからマスゴミとか言われて叩かれますねん!」
逆に倍返しとばかり大声で怒鳴りつけられる。
最後は丸屋貞夫が、うははははははと高笑いをして話を締めるのがお決まりのパターンなのだが、下品な笑い声が唐突にぴたりと止み、その身体は時が停止したように固まっていた。
「丸屋さん、どうされましたか!?」
破顔したまま硬直している丸屋貞夫を覗き込むと、その顔がみるみる赤く染まっていき……ついに首から上の頭部が
「キィイャアァァアァァァァーーーーーーー!!」
河瀬もも子の絶叫がスタジオに響き渡る中、番組の放送は一時中断され〔しばらくお待ち下さい〕という画面に切り替わった。
でも、時すでに遅し。
全国ネットの生放送で、コロリ患者の悲惨な最期を流したもんだから、日本じゅうが大パニックになった。もちろんどんな風に死に至るかは、充分に情報が行き渡っていたはずなのだが、百聞は一見に如かず、やはり聞くと見るとでは全く別物なのだろう。
その後、日本各地でコロリによる死亡例が報告されて行った。数で言えば六カ月で累計五十人程度に過ぎなかったのだが、その
そしてIGCの最後通牒で、ゴリンピックが中止となったわけよ。