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第60話 特別な日

6月ももうすぐ終わりまた夏がやってくる。

土曜日の朝、早苗は鈴木の部屋で2人分のコーヒーを淹れるためお湯を沸かしていた。


以前、「家で待っていて欲しい」と帰りを引き留められた日から金曜夜に鈴木の家に来て週末を過ごすこともあった。昨夜も仕事が終わってから鈴木の家で一緒に朝を迎えた。



この日、普段は少し布団の中でのんびりしてから起きる鈴木が、寝ぼけ眼を擦りながらも、すぐにベッドから起き上がり洗面所へと向かった。


歯を丁寧に磨き、髭を剃る。いつもより少しだけ時間をかけた身支度。その様子を不思議に思いながらコーヒーを淹れる早苗。



「おはよう。今日は支度早いね。」

早苗はコーヒーを手渡し声をかけた。



「ああ、ありがとう。今日はちょっとね。ちゃんとしたくて……」

鈴木は少し照れくさそうに笑った。


コーヒーを受け取り一口飲む。少し間を置いてから早苗に向き直った。



「早苗、話があるんだけど」

「なに?」

「早苗に伝えたいことがあって。」

「うん?」



「俺さ、早苗がいつも側にいてくれることに感謝しているんだ。ずっと俺のことを待ってくれて、今も支えてくれることがとても嬉しいんだ。だから……あの……あのさ……」

鈴木は真剣な眼差しで早苗を見つめた。



早苗は、視線から伝わってくる鈴木の緊張感からいつもと違うことを察して、少し緊張した面持ちで鈴木の言葉を待った。



「あの……早苗、俺と結婚してください」



鈴木はストレートにプロポーズの言葉を口にした。



鈴木との結婚。

それは早苗がずっと夢見ていたことだった。



合鍵を預かる前の片思いの時期、付き合ったばかりの鈴木の部屋でご飯を食べて幸せを噛みしめていた時、1年目の記念日に別れを告げられた時、3年ぶりに再会して想いが繋がったと思ったのにすれ違った日々、もう一度気持ちを確かめ合って二人で乗り越えていこうと誓った日も、鈴木のことを意識しはじめてから、何度も何度も鈴木の隣で過ごす未来を思い描いていた。



走馬灯のように想い出が駆け巡り、みるみるうちに涙が溢れてくる。ひとつひとつの想い出が鮮明で辛く悲しんだ日々でさえ大切に思える。


そして今、夢見ていたことは現実になろうとしている。


『早苗、俺と結婚してください』

この言葉を数秒前に聞いたのに何度も何度も頭の中で繰り返される。



返事をする前に、早苗は大粒の涙を流していた。喉の奥が熱い。



「……はい。お願いします。」


早苗はようやく震える声で答えた。嬉しくて幸せで涙が止まらない。



「ありがとう。本当にありがとう」



鈴木は微笑み、早苗の涙を優しく拭いギュッと力強く抱きしめた。 早苗も背中に手を回しギュッと力を入れる。

二人はしばらくの間、抱き合っていた。




「あーーーーーーー、緊張した。朝言おうと思ったけど身なりを整えなきゃって髭剃ったんだよね」


「え!!?それで今日は起きてすぐに髭剃っていたの?ずるい!!!私スッピンなのに」


「自然なままの早苗がいいの。俺の場合は、くっつくと髭が痛いでしょ?笑」



二人は目を合わせて笑いあい、再び強く長く抱き合った。



「あと……これ。指輪は早苗と一緒に選びたかったから」



鈴木はそう言って紙袋を早苗に手渡した。


「え…?」



早苗は驚いて紙袋の中を覗くと、小さな箱とメッセージカードが入っている。

綺麗に包装されたリボンをほどくと、中からキーケースが出てきた。



「色々考えたんだけどさ、俺たちを繋いだのは合鍵だったから。もうあの合鍵は使えなくなっちゃったけど、これから一緒に住む部屋の鍵でもと思って。」


「……ありがとう。大切にする」



嬉しくてまた涙を流す。プロポーズの言葉を聞いてから涙が次から次へと溢れてきて止まらない。こんなに嬉しくて泣くのは初めてだ。早苗はキーケースを胸に抱きしめた。



「あ、メッセージカードは恥ずかしいから後で読んでほしい」



鈴木は少し照れくさそうに言うが早苗は待ちきれずすぐに裏返してた。



「あ、ちょっと!!!!!!」


慌てて手紙を取ろうとする浩太の手を握りメッセージカードを読む。




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早苗へ


いつもそばにいてくれてありがとう。

早苗の笑顔にいつも励まされています。

早苗といると心が安らぎどんな困難も乗り越えられる気がします。

早苗とこれからもずっと一緒にいたい。

早苗と温かい家庭を築きたい。

早苗とどんな時も笑って過ごしたい。

早苗を一生大切にします。

結婚してください。


浩太

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早苗はメッセージを読みながらまた涙を流した。大粒の涙がメッセージカードに落ちて小さく滲む。大切な手紙をこれ以上汚したくなくて、早苗は鈴木の手を離し涙を拭きながら読み返した。

鈴木は堪忍したようでそっと見守っている。



「浩太……本当にありがとう」



早苗は、鈴木の手を握った。


「本当に嬉しい……手紙もあるなんて思わなかった。」


「俺も嬉しいよ。……前に手作りのプレゼントや手紙とか嬉しいって言ってたから。照れくさいから書くつもりなかったんだけど、早苗が喜ぶならって。」



恥ずかしそうに頭を掻きながら言う鈴木が愛おしかった。


「覚えていてくれたんだ……ありがとう」



早苗は思いっきり鈴木に抱きついた。二人は互いの温もりを感じながら幸せな時間を過ごす。そして、二人の未来が今日からまた新しく始まることを確信した。




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