「鈴木部長って若いのにもう部長だなんてすごいよね」

「部下にも丁寧に指導してくれて良い人って言ってたよ」

「しかも顔もかっこいいよね。何でも持っていそうな感じ。」

鈴木のいい評判を聞くたびに早苗はひそかに喜んでいた。前は女性陣がよく言うと嫉妬心ほどではないが共感とともに少しだけモヤッとした気持ちがあった。 しかし今は純粋に嬉しい。

5月になり、鈴木は昇進したことで責任と業務が増え連日忙しいようで返信の頻度も遅くなった。 仕事中に姿を見ることはあるが、打ち合わせか電話をしていることが多く話す機会もない。 自分自身の業務は皆が帰ってから行っているのかもしれないと思い、早苗は集中できるように特に言及をしなかった。

鈴木が平日家に帰ってから少しでも休めるようにと、週末に多めに作りストックを置いておいた。 ご飯は一膳分をラップで包み冷凍、その日の気分で選べるようにおかずも何種類かタッパーに詰めて温めたらすぐに食べられるようにした。

ある平日の夜、早苗はいつものように鈴木の部屋を訪れた。今日は、二人で一緒に夕食を食べる予定で早苗はテーブルに食器を並べ鈴木の帰りを待っていた。

しかし、約束の時間が近づいたころ鈴木から連絡が入った。

「ごめん。急な打ち合わせが入って遅くなるる。先に食べてて」

急いで打ったのか「なるる」と打ち間違えのまま送られている。

早苗は、少し残念に思いながらも一人で夕食を食べ始めた。 食べ終わってから食器を洗い部屋を片付け、時計を見るともうすぐ10時になろうとしていた。

『今日はもう帰ろうかな……』

早苗はそう思い鈴木にメッセージを送った。

「今日はもう帰るね。お仕事頑張って」

するとすぐに鈴木から返信が来た。

「すぐに終わらせて帰るからもう少し家にいてくれない？」

いつもなら「分かった」と返信してくる鈴木が珍しく引き止めるようなメッセージを送ってきたので早苗は少し驚いた。

「何かあったの？」

「いや、別に……今日は早苗と一緒にいたくて……」

鈴木のメッセージはいつもより少しだけ弱々しく見えた。

「分かった。待ってるね」

「ありがとう」

早苗はソファーに座り鈴木の帰りを待っていると、 しばらくしてドアが開く音がした。

「ただいま」

「おかえりなさい。お疲れさま」

慌てて帰ってきたのか鈴木は少し息を切らしている。 早苗は立ち上がり玄関で靴を脱ぐ鈴木に駆け寄った

「大丈夫？すごく疲れてるみたいだけど」

「少し疲れただけ。待たせてごめん。」

鈴木は早苗を優しく抱きしめる。 早苗は鈴木の背中を優しく撫でた。

「無理しないでね。いつも頑張ってる浩太のこと尊敬してるよ」

「ありがとう。なんかちょっと疲れちゃって……今日は早苗とこうしていたかった。」

「うん。ありがとう。おつかれさま」

早苗は少し背伸びをして浩太の髪を撫でてから、チュッと音を立て軽いキスをした。

付き合ったばかりの頃の鈴木は、「鈴木の仕事の邪魔はしたくないから」と待たずに帰る早苗の心遣いがとても嬉しかった。

本音を言うと、今日は一緒に過ごしたい気分だから遅くなるけど待っていてくれたら……と思う夜もあったが、自分の都合に合わせてもらってばかりなので言わずに胸の中にしまっておいた。

しかし、今は「待っていて欲しい」と躊躇なく言える。早苗の存在に安らぎ、疲れを癒してくれる。鈴木は日頃の疲れを飛ばし充電するかのように早苗の肩に顔を預け、しばらくの間、抱きしめ合った。