海外にいる鈴木は温かい光に包まれていた。
「鈴木さん、夏休みは日本だったんですか?久しぶりの日本どうでしたか?」
同僚の問いかけに、鈴木は自然と笑みを浮かべた。
「ああ、楽しかったよ」
早苗との日々がまるで昨日のことのように鮮明に蘇る。共に過ごした時間、交わした言葉、そして未来への約束。どれもが鈴木の心を温かく満たしていた。
「鈴木さんもあと半年もすれば日本勤務に戻るのか、寂しいな」
「そうだな、ずっと一緒にやってきたもんな。感謝しているよ」
同僚の言葉に、鈴木も寂しさを感じつつも早苗との今後に胸が高鳴っていた。
「寂しいけどやりきったって充実感で終わらせたいから最後まで頑張るよ」
鈴木は力強く答えた。
出向したばかりの頃は、想像を絶する孤独との戦いだった。
見知らぬ土地、異国の言葉、そして文化。 周囲を見渡しても、頼れる知人は一人もいない。 夜になれば、異国の部屋に一人きり。
日本との繋がりは、電話やネットだけ。まるで世界から取り残されたような、深い孤独感に苛まれた。
慣れない仕事、言葉や文化の違い。 ストレスは日に日に蓄積され心が悲鳴を上げ、来たばかりの頃はホームシックにもなった。
日本が恋しくなり動画で日本のテレビ番組を見たり、ネットニュースを漁り、少しでも日本を感じようとした。 しかし、それは一時的な慰めにしかならなかった。
そんな鈴木を支えたのは、仕事と現地で共に働く仲間たちだった。 仕事に没頭することで孤独を紛らわせた。 そして現地で出会った仲間たちは鈴木を温かく迎え入れてくれた。 言葉の壁をや文化の違いを乗り越え、共に働く喜びを分かち合った。
特に、現地法人社長には感謝してもしきれない。 邁進する鈴木に、的確なアドバイスや時には厳しいリスクの指摘、時には衝突しながらも、常に正面から向き合ってくれた。
ビジネスパートナーとしてだけでなく人間としても尊敬できる存在だった。
「鈴木、家族はいるの?」
ある日、社長がふと尋ねた。
「まだですが、考えている人はいます」
鈴木が答えると、社長は目を細めて微笑んだ。
「そっか。楽しみだね。これは、僕の田舎に伝わる夫婦円満の秘訣なんだけど、「衝突した時は大抵、女性が正しい」って肝に銘じることが大事なんだ。実際に女性が正しいことを言っているとは限らないけれど、相手の方が正しいかもって気持ちで接することで争いも減る。意見をぶつけ合うのではなく話し合いにする。それに男は尻に敷かれるように見えるくらいがちょうどいいんだよ」
社長はウインクをして笑って見せた。 社長には7人の子どもがいる。家族全員が満面の笑みを浮かべた写真がデスクに飾られており、鈴木も何度も目にしていたため、その言葉には確かな説得力があった。
「ありがとうございます。私も頑張ります」
鈴木は、社長の言葉を胸に刻んだ。
それから数ヶ月後、鈴木は早苗に電話をかけた時に鈴木は、社長から聞いた夫婦円満の秘訣を思い出し早苗に話した。
「ふふ、面白いね。でも、確かにそうかも」
早苗は笑いながらも納得したように言った。
「早苗はいつも正しいからなーー」
鈴木が冗談めかして言うと、早苗は照れ笑いを浮かべた。
「もう、からかわないでよ」
「ごめん。でも、意見をぶつけ合うのではなく話し合いにする。って良い言葉だなって」
「そうだね。私も話し合いやお互いに歩み寄ることって大事だなって思っていたの。」
早苗は滝から相談を受けたことを話した。
「私たちは、お互いに支えあって苦手なところは手を差し伸べあえる関係でいたいね」
「ああそうだな。普段の生活は早苗ちゃんに助けてもらおう」
「浩太も少しは覚えてよね?一緒にやっていこう」
「……は、はい。ご指導のほど、よろしくお願いします」
「ビシバシ行くから覚悟しておいてね(笑)」
「なんか怖いな(笑)」
『社長。僕も、彼女に支え……尻に敷かれながら頑張ります』
鈴木は満面の笑みで笑う社長家族の写真を思い出した。そして、それに負けないくらいの眩しい笑顔で笑う早苗との自分の姿を想像した。