7月に入籍をした新婚の滝は、幸せいっぱいなはずだった。
しかし、入籍したばかりの明るい幸せオーラは、以前よりも明らかに減っていた。
「楠木さん、聞いて下さいよ……」
少し疲れたような顔をしている滝が、早苗に話しかけた。
「どうしたの?何かあった?」
早苗が尋ねると、滝はため息をついた。
「それが……色々ありまして……」
滝と彼女は、これまで誰かと一緒に住んだことがなかった。四六時中一緒にいることで、自分一人で家にいる時間がなくなり、トイレの流す音や毎晩の寝言など、相手の存在を常に感じることに少しずつストレスを感じ始めていた。
また滝は彼女の電気の消し忘れが気になり、彼女は滝がトイレットペーパーを替えないことが目につくそうで、我慢できない程ではないがイライラしてしまうらしい。
「……一緒に暮らすって楽しいことばかりじゃないんだね。」
早苗は滝の悩みに少し驚いた。しかし、滝にとっては深刻な問題だった。
「今まで一人暮らしだったから自分のペースで生活してたんです。でも、今は……」
滝は、言葉を濁した。
「彼女も初めての共同生活だから色々戸惑っているみたいで……」
彼女は家事全般が得意ではなく要領も悪いらしい。一人暮らしの時は、平日は一旦家に帰ってからスーパーで値引きシールの貼られるタイミングを見計らい総菜や弁当を買って過ごしていたが、結婚を機に料理を頑張ると意気込んでいたという。
滝も、その気持ちを嬉しく思い感謝を伝え見守ることにしたが作るのに1時間以上かかるそうだ。
その間に風呂掃除や洗濯物など他の家事をやっているが、それでも終わらず自分で作った方が早いため、つい口や手を出したくなってしまう。そして、それが原因で少しもめることが増えていた。
「うーん……私もまだ結婚したことなし誰かと住んだことないから分からないけど……」
早苗は、少し困ったように言った。
「料理は、二人で一緒に作るようにしたらどうかな?彼女に教えてあげながら作れば、時間も短縮できるしコミュニケーションも取れるんじゃない?」
早苗が提案すると、滝は少し考えて言った。
「そうですね。でも、彼女料理があまり好きじゃないみたいで…」
「じゃあ、平日は滝さんが作って週末は一緒に作るとかは?徐々に覚えていって時間がないときでも作れるように練習していくとか!お互いに得意な家事を分担するとか、色々試してみたらどうかな?」
滝と一緒に色々な解決策を考え始めた。
「いいですね!僕、料理は結構好きなんです。彼女も掃除は得意だって言ってたし」
滝は、早苗の提案に乗り気になった。
「ありがとうございます。なんか、揉めているせいかお互いにまっすぐ相手の言葉を受け取れなくて……。イライラしないで雰囲気良いときに言って、色々試してみます」
滝は、少し元気を取り戻したようだった。
「気分転換に外食したり、二人の時間も大切にしたりとかは?そうすれば、以前の付き合っていた頃の気持ちにも慣れるのかな?」
「確かに。最近、二人でゆっくり過ごす時間がなかったかもしれません」
滝は反省したように言った。
その後、滝は早苗のアドバイスを参考に、彼女と話し合い、家事の分担や家以外でも二人の時間を作るようにした。
そして、たまに気分転換に一人で好きなことをする時間も設けるようにした。
最初は戸惑うこともあったが、徐々に二人のペースを見つけていった。気になっていたトイレの流す音も寝言も目につくことはなくなったそうで日常の一部になったそうだ。
料理も週末に一緒に作ることで、以前よりもスムーズに作れるようになり会話も増えた。
数ヶ月後、滝は再び早苗に話しかけた。
「楠木さんと一緒に考えたことを試して、彼女とはお互い得意なことを担当して助け合っていこうって話をしたら良くなりました!彼女は、女性で早く仕事も終わるからご飯は自分が作らなくてはいけないと無理していたみたいです。でも、掃除や整理整頓とか得意なことをお願いしたら結婚当初より家が綺麗です。楠木さん、ありがとうございます。」
滝の顔は、以前よりもずっと明るい。早苗が微笑むと滝は照れ笑いを浮かべた。
「私も滝さんと一緒に考えられて良かったよ。」
滝の表情は、幸せに満ち溢れていた。
二人がお互いを理解し歩み寄ることでより深い絆で結ばれた。早苗はその話を聞き、自分も鈴木とこんな風に共に成長し幸せな家庭を築いていきたいと改めて思った。