旅行から戻った翌朝、鈴木は出向国へ帰る準備をしていた。今回は、帰る前に実家にも寄る予定で長野土産もスーツケースに詰めた。

「それじゃ、行ってくるよ。年末には戻ってくるよ」

「うん、気を付けて行ってらっしゃい。待っているね」

二人は玄関先で抱き合いキスをした。次回は出向が終わり、日本勤務へ戻るための帰国になるはずなので、二人の気持ちは自然と明るくなっていた。

実家へ向かう途中、鈴木は早苗との旅行を振り返っていた。初めての二人だけの旅行は、想像以上に楽しいものだった。

松本城の荘厳な姿、城下町の賑わい、そして何よりも早苗と二人で過ごした時間が鈴木の心を温かく満たしていた。

実家に帰り、スーツケースを開けると、母親が興味津々といった様子で覗き込んできた。

「あら、お土産？海外のチョコレートと……長野の煎餅とバームクーヘン？」

「ああ、一昨日、長野に行ってきたんだ」

「長野……？誰と？」

「彼女とだよ」

鈴木は、早苗との将来を考えていたので、隠さずに話した。母親は少し驚いたようだったがすぐに嬉しそうな笑顔を見せた。

「そうなの。良かったじゃない」

「うん。」

「そう。このバームクーヘンは彼女から？」

「え？そうだけど。なんで分かったの？」

「なんとなく、選ぶセンスが女性っぽいなって。浩太はおしゃれなバームクーヘンは選ばないと思って」

「なんだよそれ(笑)」

鈴木はそう言いながらも母親の言葉にまんざらでもない様子だった。早苗が選んでくれたバームクーヘンは上品な箱に入っていて確かに鈴木が普段選ぶものとは少し違っていた。

「彼女にもお礼言っておいてね」

「分かった。伝えておくよ」

「あと、年明けには日本勤務に戻るから」

「そう、良かったわね」

母親は何か言いたそうな顔をしていたが、にこっとしたまま何も言わずに優しい眼差しで鈴木を見ていた。鈴木は、母親が自分の気持ちを察してくれていることを感じ感謝の気持ちでいっぱいになった。

実家での時間は、あっという間に過ぎた。母親は久しぶりの再会に、色々な事を聞き自分の身の回りのことも話してきたため、鈴木は聞き役に徹していた。

寂しかったのだろうか、もう少し実家の時間を長くした方が良かったのかもしれないと思ったが早苗との時間が充実していたので、日本に戻ったら実家に帰る頻度を増やそうと心の中で思った。

「また年末に帰ってくるから」

「ええ、待ってるわ。体に気を付けてね」

翌日、玄関先で鈴木は母親に別れを告げた。母親は、いつものように笑顔で鈴木を見送った。鈴木は、母親の優しさを胸に飛行機に乗り込んだ。

飛行機が離陸し、次第に小さくなっていく日本の景色を眺めながら、鈴木は早苗のことを考えていた。次戻ってくるときは出向が終わった時だ。早苗との未来を夢見て再び海外での生活に戻っていく。

家に着き、鈴木は早苗に電話をかけた。

「もしもし、早苗？今着いたよ。」

「浩太、お帰りなさい。実家はどうだった？」

「うん、元気だったよ。お土産も喜んでた。バームクーヘン見て『センスが良い』って褒めてた。俺じゃ選ばないだろうとも言ってた」

「良かったーー。」

早苗の声が電話越しに弾んだ。鈴木は早苗の喜ぶ声を聞いて自分も嬉しくなった。

「次は年末だな。仕事も終わらせてスッキリと帰れるよう頑張るよ。」

「うん、楽しみにしているね」

「ああ、じゃあ、また連絡するよ」

「うん、またね」

電話を切り、鈴木は窓の外を見た。遠くに見える街の灯りが、まるで二人の未来を照らしているようだった。