食事が終わりソファーでくつろいでいる時のことだった。
「そういえば、滝さんが結婚したよ」
「滝さん?ああ、この前会社で一緒に話をしていた人?」
鈴木は、前回の帰国で滝と会った時のことを思い出した。
彼女がいるとは聞いていたが、見た目が女好きそうで結婚するタイプには見えなかった。そして、早苗と親しげに話しているのを見て少し嫉妬したのだった。
「うん、七夕に入籍したの。」
「そうなんだ。」
「それでね、滝さんに言われたんだ。『楠木さんって普段から周りの様子を伺って行動しようとして考え過ぎている。相手の事を想い過ぎて我慢して自分の事あまり言わなかったら何考えているか相手も分からないと思う。』って。」
滝のいうことは鈴木も以前から感じていた。
もっとも鈴木は「相手のことを優先して思いやる心優しい女性」として早苗のことを見ていたため、言いたいことは分かるが早苗のことを『自分の考えを持っていない優柔不断な女性』と言っているようにも聞こえてしまい良い気分はしなかった。
「私は我慢していたつもりはなかったんだけど、浩太は私が何考えているか分からない時ある?」
「うーーん。早苗は、相手のことを思いやる性格だから言わないのかなって感じることはあるよ。特に愚痴やネガティブな話題はしないようにしているよね」
「うん、そう。聞いている相手に嫌な気分にさせてはいけないと思って、自分の中で消化できないと話をしないかな」
「それは早苗のいいところだと思うよ。何考えているか分からないとまでは思わないけど、早苗はこう考えているのかな?とか想像することは多いかな。そして、その考えが合っているか違うのか自信が持てない時はある」
「そっか。それで滝さんに『本音を伝えてみたら良いんじゃないですか?』って言われたの。」
名前が出てくるたびに、茶髪にゆるいパーマで爽やかな笑顔をふりまきピースをしている滝が鈴木の頭の中で動き回っている。
今にも消し去りたかったが、大事な話かもしれないので黙って聞くことにした。
「本音を伝えすぎて後悔するなら言わない方がよくない?って聞いたら、『言い過ぎたと思ったら謝ればいい。相手の怒れるポイントや嫌なことや考え方を知れば、今後言い争いも防げるかもしれないし分かった方がいい。少なくとも僕は知りたい。』って言うの。」
考え込むような素振りをして早苗が続ける。
「そういう考え方もあるのかって。私も浩太も自分の思っていることをあまり言わないよね。だからケンカとか言い争うことは今までなかったなって」
「そうだね、大声で不満ぶつけ合っている人をたまに見るけれど売り言葉に買い言葉って感じがして気が引けるんだよね」
「そう!私もその感覚。なんかヒートアップして余計なことまで言ったり、必要以上に言葉がきつくなってしまいそうで」
「……早苗もそうなるの?」
「そうなったことはないけれど、勢いとか雰囲気でつい言葉が走っちゃいそうな気がして怖いんだよね。それに言った方は気にしなくても言われた方はずっと引きずるかもしれないし」
「わかる、打撃を受けた方はずっと心に残るもんね。それなのに言った方は案外すぐ忘れていたりして。」
「そうなんだよ!!浩太も言う方じゃないから私たちなんか似てるね。」
「そうだな、だから今まで喧嘩とかなかったのかもな」
「うん。私、大声で文句言ったりすることはないと思うんだけどね……滝さんの話を聞いて、浩太の事もっと知りたいと思ったの。浩太の価値観や実は嫌だと思うことも知りたい。楽しさだけを共有するんじゃなくて、嫌だったことや悔しかったことも聞きたい。一緒に悔しがったり受け止めたい。」
鈴木は少し驚いた。今まで悔しさを誰かに口にすることはなかったので自分が言う姿を想像できなかった。しかし、受け止めたいと言ってくれる早苗に毛布で包まれたような温かさを感じる。
「うん。ありがとう。急には出来ないかもしれないけど心強いよ。早苗も言ってな。」
「ありがとう。私も今まで口にしてこなかったから言えるか分からないけれど……。でも私も嬉しいときは嬉しいってちゃんと伝えようと思って。……冬に帰国した時も私から近づきすぎたらよくないかなとか考えちゃっていたけど滝さんの言葉で思ったことは言おうと思ったんだ。」
「そうか」
鈴木は、早苗の言葉に少し驚いた。
昨年末、帰国した時はまだヨリを戻していない状態で早苗の部屋で食事をし一泊した。同じベッドに入ったが、ヨリを戻さないことを提案した手前、自分から近づいてはいけないと言い聞かせていた。
早苗が一言かけてくれたおかげで、素直にお互いの気持ちを伝え復縁したがそのきっかけは滝だったとは…。
鈴木の頭の中にいる滝は、今度は両手でピースをして先ほどの爽やかな笑顔とは打って変わってニタニタと微笑んでいる。
『少し悔しいが、滝のおかげで今があるのか……』
以前の早苗は、あまり自分の気持ちを表現するタイプではなかったが、最近は、「嬉しい」など感情を表す言葉が増えた。
そして、その言葉を聞くことが鈴木の嬉しさにも繋がっていた。
『チャラいわけじゃなかったんだな、ありがとう……』
鈴木は滝にお礼を言ったのちに頭の中から消し、目の前の早苗に集中をした。