家に帰り、早苗はエプロン姿でキッチンに立っていた。今まではエプロンをつけていなかったが、料理教室に通うと決めたときに買ったそうだ。
エプロンで料理する姿もいいな、とソファに座りながら見惚れていると、早苗がくるりと振り返り目が合った。
「ん?どうしたの?」
「いや、なんでもない……」
口を手で隠して視線を外したが、動揺しているのがバレていないか気になった。しかし、早苗は全く気にしていないようだ。
「ねえ、こっち来て?」
手招きされたので素早く立ち上がり早苗の近くに行くとキッチン台の上には、殻付きの海老が並んでいる。
「よーーく見ててね」
海老の両足の間に親指を入れて殻を剥きとった。次に爪楊枝で背中とお腹にある黒い筋を抜き取る。
「この黒い筋はワタでね、海老の内臓なの。あると苦みが出るからない方がいいんだ。綺麗に取れると長く1本の筋でとれて気持ちいいよ!それじゃ、あとお願いね。」
そう言い残し、野菜を切り始めた。
「ああ、分かった」
分かったと言ったが普段料理をしない鈴木はワタを取るのに苦戦した。見ている分には簡単そうだが、早苗のように長くならず途中ですぐに切れてしまう。
「あーーーー。また切れた」
細かい作業が苦手で面倒になってきた。それでも根気強く海老のワタと格闘する。
『もうワタ取らなくてもいいかな……。苦みだって旨味の一つだ。もし苦くても俺は喜んで食べてやる』
「ワタって全部取り切らなきゃ駄目?」
嘆くように聞いてみる。
「少しくらい残っていてもいいよ。あ、ワタ取る時はね、垂直に爪楊枝入れて持ち上げる感じにするとうまくいくよ」
早苗に言われてやってみると先ほどより切れる回数が減った。
確かに今までは海老のワタに沿って爪楊枝を入れていた。しかし、海老の身とワタの間に爪楊枝を入れて持ち上げるようにしたらワタだけがシュルシュルシュル……と取れる。
「あ、これ上手くいくとおもしろいな」
「でしょ?あと少し頑張って」
早苗の作る料理をおいしく食べたくてなんとか最後までやり遂げた。
「ありがとう」
鈴木から海老を受け取りボールに塩を入れて軽く混ぜ合わせた後に片栗粉を入れて揉みこむ。しばらくして水で流すとグレーの濁った水が出てきた。
「何これ?こんな色しているの?」
「エビの汚れを取っているんだよ。片栗粉の代わりに卵白を使う人もいるみたいだけど、私は卵は食べたいから片栗粉でやるんだよね」
綺麗に洗い水気を切った後、卵と片栗粉とごま油を入れた液に海老を入れてなじませる。
にんにくと生姜をみじん切りにし少量の油をフライパンに入れ、今にでも消えてしまいそうなくらいの弱火にする。
しばらくすると食欲の湧く香ばしいにんにくの香りがキッチンに漂ってきた。
「んーー。いいにおい、お腹すいてきた」
長ネギも細かくみじん切りにして炒め、卵液で浸した海老を入れる。海老はうすい衣をまとったように色が薄い黄色に変わっていった。
海老に火が通ったことを確かめてから、ケチャップや豆板醤、酢で味付けをしていく。
海老を入れてから素早い動きで次々と調味料を入れていく姿は手慣れていて様になっている。
「かっこいいな。お店でもやってる?」
「ふふ、ありがとう。最近、お料理頑張ってるんだ」
早苗は、少し照れながらそう言った。
その後も、リズミカルにきゅうりを短冊切りにし軽く湯通ししたもやしと水で戻したキクラゲと合わせていく。醤油やゴマ油、すりごま、砂糖など目分量で入れていき味を整える。
付き合った当初は、鈴木の好みの味を知るために計量スプーンを使って試作を重ねていたが今は量らなくても味の完成は分かるとでも言わんばかりに次々と調味料を入れていく。
「はい、できた」
海老チリの完成を合わせるかのように他の下ごしらえをやっていたようで次々と食卓におかずが並んだ。
今日のメニューは、海老チリ、トマトと卵の炒め物、きゅうりともやしとキクラゲのサラダなど中華尽くしだ。
「わあ、美味しそう」
鈴木は、目を輝かせた。
冷蔵庫から昼間に買ってきたスパークリングワインを取り出し、乾杯をする。
「いただきます」
二人は海老チリを口に運んだ。
「美味しい!味付け最高!!」
「本当?よかった」
「海老もぷりっぷりだし、トマトって炒めても美味しいんだね。」
「そう、最近ハマってて今が旬だからよく作っているの」
早苗は嬉しそうに微笑んだ。
「帰ってきたらこうやって美味しい料理が食べられるのかー。早く帰ってきたいな」
「うん。毎日は出来ないかもだけど週末はこうしておうちでご飯楽しもう。もっと色々練習しておくね」
「楽しみだな。美味しいごはんが待っているって分かったら仕事頑張れそう。あ、ご飯ある?今日買ったお茶碗使いたくて」
「あるよ。待っていて、今よそってくるね」
エプロン姿でキッチンに立つ早苗をもう一度眺める。何度見てもいいなと思い見ていると早苗が振り返る。
「ん?どうしたの?」
「いや、エプロン姿いいなと思って……」
今度は素直に思っていることを口にした。
「ふふふ、何それ。はい、ご飯」
早苗は苦笑しつつ、ご飯を渡す。
付き合っているカップルが家で料理を作り一緒に食べる。ありふれた日常だが、鈴木と早苗はこの穏やかな時間が心地よくこのまま続くことを願った。