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.Ⅲ03..sn28

 それからは修業の日々だった。修練を積む日々だった。活動時間がおもに夜であったため、夜にそれは行われた。しかし、昼にも行われていたため、つまり一日中やっていたことになる。それはチャンバラのような、拳の殴り合いを、避けてかわして的確に当たらないようにする訓練。暑い日も、寒い日も、春も夏も秋も冬も、なにもない日も、なにかあるような日も、街の人が見ていた時も、街の人が見ていなかった時も、高い場所や、暗い場所、がれきの山の場所や、メイン通りの場所など、どこでもやったし、どこにいっても修行した。いくらあっても足りなかったし、いくらあっても足りるものではなかった。クロは年を取らないので、幽霊とか、地縛霊とか、悪魔とか、そういう類の存在でもあり、そうでもない存在なので年を取らない。だから、いくら修行しても、クロはクロのままであった。しかし、ジルはそうではなかった。ちゃんと人間で、きちんと人間だから年も取るし、病気にもなった。疲れを見せるようになったし、血を吐くこともあった。クロはたいていバカにしていたが、たまに心配になり、心配した。ジルはそれを受け入れ、ありがとう、と言った。



 訓練は拳銃の弾を避ける訓練へと移行した。鉄パイプで跳ね返したり、正面に立って飛んで避けたり、回転して避けたりした。クロにとって銃弾の訓練はつまらなかった。いつも同じ弾道で、いつも同じ速度で、いつも同じだったからだ。覚えてしまえばなんてことはない。クロの人を超えた身体能力を持ってすれば、本当に、なんてことはないのだ。



 ある朝、眠り、そして夕方になった時に目が覚めたクロはジルが倒れているのを見つける。駆けつけたが息はなかった。ジルは死んでしまった。おそらく病気の悪化だろう。本人がそんなことを言っていたからな。



 クロはジルを運んで飛んだ。スコップを持って。そこは裏街の裏の裏山である。埋葬して、墓を立てた。その辺にあった大きな鉄の塊を差して目印とした。師から教わった作法を思い出し、手を合わせた。そしてジロから貰った拳銃を腰に挿して、スコップ片手にまた裏街へ帰った。





 昔話はここまで。




 クロはそれがついこの間のことだと思っていたのだが、それはかなり前の時間のことだと誰かから聞いて最近知った。あれから何年も経っていたらしい。世間を知らず、時を知らない暮らしなのだ。今がいつで、世の中て何が起きているのか、何が起こってきたなんてこと、クロは知らないし知る意味はない。それと、この時点ではまだクロと呼ばれている。



 夜の手前の時間。街を歩いていると、声を掛けられた。



「よお、クロ。元気にしているか」


「刑事か」


「なんだ、いつも一緒にいた男は今日はいないのか」


「死んだよ。病気でな」


「そうか……それは、残念だったな」


「いつもみたいに俺を捕まえようと追いかけたりしないのか」


「いや、お前は無理だ。この街そのもの、みたいな存在だからな。お前さんは。しばらくやりあって、わかったよ」


「へえ、利口だね」


「それよりも、捕まえたいやつなら他にいる」


「へえ、どんな」


「そうだな……お前はコーヒー飲めるか?」


「ああ、イケるぜ。コーラの方が好きだけどな」



 二人は近くの手頃な喫茶店へと向い、入店した。



「アイスコーヒーひとつ、コーラをひとつ」



 刑事は周りを少し気にしながら、こっそりと写真を一枚取り出した。



「こいつの名前は目黒という。ここ最近この街に出てきては、でかい顔と言うか、我が物顔で練り歩く、厄介なやつだよ」


「ふぅーん」



 クロにとっては名前なんてどうでも良かった。自分自身の名前すらきちんと定まっていないからどうでもよかった。執着していない。誰に呼ばれるか、その方がずっと大事なのではないかと、クロ自身はジルと過ごしてからそう思っていた。そう、誰になんて呼ばれるか。それが、大事なのではないか。ジルは最後、俺のことなんて呼んでいたっけな。



「分かったよ。そいつ、倒してやる」


「本当か? でも、それじゃあ流石に物騒だな。殺してしまいそうだ」


「スコップがか? スコップはダメか。まあ、やっぱりな。そろそろ変えようと思っていた頃だったんだよ」


「へえ、どんな」


「あるやつに呼ばせると、それはチュウカって呼び名になるらしい。まあ、俺の師匠、ジロ……違った、ジルが言っていたんだけどな」



 クロはそう言うと、コーラを一気に飲み干して店を飛び出した。




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