パン、パン。
くるっと回転して回避。二発目ももう一回転して避ける。
パン、パン。
片手で逆立ちして避けて、頭を狙った弾を首を内側に入れてこれもまた避ける。
「やあやあ、おじさん。そんなおもちゃじゃ、俺のことは殺せないぜ」
「ふぅ、どうにもそのようだ。やれやれ、こいつの前なら大人だってビビって両手を上げるっていうのに」
「ククク」
その大人は拳銃を捨てて、今度は警棒を取り出して勢いをつけてその長さを伸ばした。
「へぇ、やるきじゃん。いいよ、いいよ。じゃあ俺はコイツで。ほら、これ知ってるか?」
「……ボウリング?」
「ジャグリングだよ、ジャグリング。ほらこれを三本でこうやるのさ」
クロはボウリングのピンを三本取り出し、それを交互に投げた。何回かくるくると回り、宙に舞った三本のうち落ちてきた一本をバット代わりに掴むと、さらに落ちてきた一本を振り抜いて打った。ひとりジャグリング野球。単純な攻撃だが、クロは三割くらい人じゃない。おかげでその勢いは凄まじく、普通の人なら即死もあり得た。だから片手で掴むことなんて、それこそ普通の人は無理なのだが、その男は尋常ではなかったため、片手で掴んだ。
「ひゅー、やるー」
それからは鬼ごっことボウリングのピンと警棒が戦った。クロは三本のボウリングのピンを常に宙に飛ばし、くるくるとジャグリングしながら戦った。いつものように屋根に飛び、ジャグリングしながら屋根を走り、ジャグリングしたまま飛び降りて襲撃。地上のスーツをピシリと決めた男に次々と攻撃した。クロは勢いのまま攻撃の手をやめず、手数で圧倒した。ガンマンは、さすがにこれは厄介でなかなかに苦戦していた。クロは運動神経がずば抜けているので、ガンマンが隙をついた攻撃もすべてするりするりと避ける。クロは避けてはボウリングのピンを投げ、回収しては攻撃。振り回しては相手に投げて、自分が飛んでそれを目の前で摑みなおして振り下ろした。
無論、この男は先ほどからクロと互角に戦えるほど尋常な人間ではなかったので、この急接近振り下ろし攻撃も普通に警棒で防がれた。
埒が明かないなと、そう思ったクロはボウリングのピンを諦めた。すべてを男に向かって投げつけて、気を反らしているうちに、実は戦う前に装備していた、背負っていたエレキギターを、中古のオンボロエレキギターを手に取った。そしてそれを文字通り叩きつけるかのように、ネックを持って、そのまま、振り下ろした。
「このっ、乱暴な、ガキ……!」
男はこの折れたエレキギターの振り回しに振り回される形となった。男としてはなんとかしてクロを取り押さえて組み伏せ、その身柄を確保したいところだったのだが、そのなりふり構わない攻撃に苦戦することになった。無茶苦茶な攻撃だが、運動神経が人間を超えているため何でも脅威となる。
「仕方ない、子供相手にとは思ったが、お前は格別だった。惜しみなくどんな手でも使うか」
クロがエレキギター叩き潰すように、ネックを掴んで今度こそ本体を真っ二つにしたときだった。それは男の手によって投げられた。刹那、閃光が走り、まばゆい光が当たりを照らし、強烈に視界を奪っていった。閃光弾だ。
光が収まった時、いや、光に目が慣れたときというべきか。感覚が戻った時にはもうクロは組み伏せられていた。取り押さえられてしまっていた。男に腕を後ろに縛られ、上から押さえつけられた。
「お前は雑で、無茶苦茶すぎる。鍛えれば、もっと強くなれるはずなんだがな」
「くっそ……」
捕まったクロは連行された。それはガンマン男の雇い主のところであった。幸いにも、場所はここ、裏街にあったのでそう遠くはなかった。
「連れてきたぞ」
どさっ。
そこはヤクザの事務所だった。そこにはたくさんの悪そうな男たちがいた。それはクロにとっては見たことがあるような気がする顔ばかりで、きっと本当にこの前とかに見たことがあるのだろうなとそう思った。
「報復かい、お兄さんたち」
「カラスの坊主、だったか。この間はうちの者が世話になったな」
「喧嘩のひとつやふたつなんて、覚えてやいないね」
「そうかい。でもこっちはしっかり覚えてるんだよ」
ヤクザの男はクロの腹を蹴り、怯みさせると、別の男がその拘束させられた体をつまみ、持ち上げた。
「ガキ相手にも、そんなことをするのか」
連れてきたスーツの男は問うた。
「ガキ相手だからこそ、やられっぱなしは有りえないんだよ」
ヤクザの男は、金属バットを持ち、ぶんぶんと素振りしていた。
クロは捕まった体をジタバタとさせている。それをヤクザの若い男が抑えるように、押さえるように掴み直している。
「まずは足からだ」
クロを抱えるようにして、足が見えるように向けると、男が構えた。そしてそれを振り抜いた時、その男は同時に天井を見ることになった。
スーツの、クロを捕まえた男がヤクザの男を殴り倒したのである。それを機に、クロは抑え込んでいた男の首を両足ではさみ、そしてひねった。両腕の手首で縛っていた縄を力技で引きちぎるようにして破り、飛び上がって着地した。若いヤクザの連中が恐る恐る、クロを見ている。様子を見る、といったところだろうか。クロは一人に飛びかかると、それを殴り倒した。馬乗りになって数発殴ると、耐えかねて後ろから襲撃してきた数人をまとめて一蹴。蹴り上げた。クロはヤクザに次から次へと飛びかかっては殴り倒し、蹴り飛ばしては、その全てをそして殴った。全員を伸した、倒し終えた時には、残っていたのはスーツの男とクロであった。
「行こうか、少年」
「ああ」
二人は、扉をぶち壊してその部屋を出ていった。
「ジロだ」
「俺の名前は……わからないな。昔の街じゃ、ケモノとかカラスとか。クロとかノラとかネコみたいな名前の方が多かったかな。主に柚涼がころころと変えて呼んでいただけなんだけど。まあ、こっちでも今はクロネコとかクロかな。そんなんでいいよ」
「じゃあ、クロ。外側からはカラスの少年よ。あいつらの目的があまりにもくだらなさすぎて、然してお前のようなやつは見たことがなく、出会えた喜びから私はお前を弟子にしてやろうと、鍛えてやろうとそう思って助けたわけだが、本人の意向としてはどうかな? 私のような人間に興味はないか?」
「いや、面白いとは思うけどね。でも、俺は誰にもしっぽをふらないし、仲間も作らない。友人も、家族も。俺はこの街だ。この街は俺の物だ。だから余計な人間は誰だろうと、いらない」
「クロ。お前は正しいことを知るべきだ。戦い方も、生き方も、人間の扱い方も。幼いままに、教育がないままに人間を辞めたように見える。読み書きもできないだろ」
「まあ、必要としてないからな」
「私を師匠としろ、クロ。私の殺し方を教えてやる」
「ああ、いいね、それ。さいっこうにイカしてるぜ。ジロ。いいよ。師匠なら仲間でも家族でも友人でもない。期間限定な。じゃあ、よろしく。あんたは今から俺の師匠ってわけだ」
「ジルだ、クロ。英語圏では女性の名前だが、私の国では男の名前だ」
こうして二人は師弟となった。さっそく高く高くふたりして飛び、街を見渡せるビルの屋上の看板の上まで来ると、この街を見下ろした。ジルはタバコに火を点けてふかし、クロは双眼鏡で下を覗いた。それから「ククク」と笑って覗くのをやめてジルを見た。
陽が昇る。夜が明ける。
良い子は寝る時間だぜ。