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 裏街と呼ばれているのは、それはただの俗称であり、実名ではない。エロ通りだけを指し示すこともあれば、古い建物が密集する地域すべてを揶揄することもある。どちらかに偏ることもなければ、どちらの用途でも使用されるため、内外の人間共にあまり正しい範囲を把握していない。



 しかし、この当時内から〝クロ〟〝クロネコ〟外から〝カラスの少年〟と俗称されるこの少年は街の全てを、裏街と呼ばれる街の全てを完全記憶レベルでインプットしている。彼は街そのもの。だから、知らないことはないし、知らない人はいない。



 そもそも街の区切りは人間が身勝手に決めたことであり、建物や自然川森ではなく人間がいるかどうかで決まる。そこに住む人種や性別、思考宗教は一切関係なく、ただどのような人間が住んでいるのかどうかという一点だけで判断される。



 判断がされるだけで、区別されないところが難しいのだが。



 そんな裏街には夜と昼が他地域と変わらず平等に訪れる。明るくなって暗くなる。どちらがメインとなるかはそれこそ人のリズム次第だが、カラスの少年にとってはお天道など鬱陶しいだけでしかなかったから、この選択肢の解は消去法となる。



「夕陽が明ける。やっと夜だ」


「夜は好きか。少年」


「太陽よりましだ。ずっと冷静になれる」


「そうか。あまり派手にやるなよ」


「そうだな。ジロに迷惑掛けても仕方ないしな」



 黒く長いコートを、ただ風の波を立たせるために着ているジロは、クロに声を掛けた後、そのまま夜なのに明るい場所ではない方へと足を向けた。クロは夜を盛りとする方へ足を向けて飛んだ。



 これは少年がネズミやネコと呼ばれていた名前を捨て、カラスの少年をクロネコまたはクロに統一、そしてクロとさえ呼ばれなくなってチュウカと呼ばれ始めるまでの昔の物語。裏街は以前以後とは変わらず平常運転で、ただ周囲の人間模様が少々異なる程度であった。









 ***












 00はジロに出会う前を意味し、01からジロに出会ってからの話になる。












 回るルーレット。積み上がるプラスチックコイン。何度も何度も、同じ人の手の中でシャッフルという名の同じ場所を行きする行為を繰り返すトランプ。排出口から流れてこないコイン。襟からタイまで締められた男性の商品的微笑。隠すつもりのない多色多彩からモノトーンな女性用下着。網で覆われた長い脚。ウサギを台無しにするモチーフの洋服。下着の下に隠すべき秘密を見せつけて、電子マネーから現金まですべてを受け取る。そのついでに飲み物や様々な備品やサービスを提供するまた別の少女から女性たちがいる。俺は近寄ってきた可愛さを創り上げたお姉さんと呼ぶべき女性からオレンジのジュースを受け取る。これでもまだ、未成年なのだ。



 この非日常的、女権拡張論者の琴線に一発で触れそうな空間はお馴染のエロ通りの一角にある。場所は自分で探してくれ。建物は暗い外壁なのに、大量のネオンによって明るくさせられているからすぐわかるだろう。最新のエルイーディーではなく、古めかしい、そう、たとえば昭和期のサラリーマンを誘惑し、バブル崩壊で目の前が見えない男の夜を照らしてきたような明かりだ。まあ、近隣の建物など大体同じようなきらめきしか放つことができていないから、これだけじゃ区別して判別できないだろうけど。だって、この街は現在の人間が求めた過去を体現した街だから。表に出ることは決してない裏の街だから。その仕組みは非人道的で神通力化しているからあまり探らない方がいい。表すら歩けなくなる。



「おや? なんだこのガキ。おい、どうした坊主。ええ? 迷子にでもなったのかな?」



 下品を突き詰めたような男が、吐いて捨てるような笑いを飛ばしてきた二人組の男が、俺の目の前を塞いだ。片方は金髪に重力から逆らうように命令した髪型で、ジャケットとワイシャツを着こなせずに崩している。チェーンやアクセサリーがうるさい。もう一人はスキンヘッドに筋肉質な体に貼り付けたレザー姿。こちらも鎖が垂れ下がっている。この二人にとってのモチーフだろうか。アイデンティティだろうか。どちらにしてもこの男はこの街の人間ではない。カラスの少年を知らず、クロ自身がこのふたりを知らない。この街に染まった人間は全員知っているから、知らない人間はこの街の人間じゃない。カラスの少年はこの街そのもの。だから、この街のことで知らないことはない。だからこの街の人間でカラスの少年を知らない人間もまた、いない。都市伝説でも、噂であっても、何かしら知っている。見たことはなくても、この街にいるということを知っている。だからこのふたりは今のところ、ヨソモノだ。外の街からやってくる人間は多い。大人気観光名所みたいなところだからな。カラスの少年の敵にならないのであれば、つめりその他大勢の観光客サイドの人間であればければ見逃していた。だが、この場で一時的に勝ったのかどうが知らないが気を良くしているように見え、それが故に余裕を手にしたことを見せびらかすために俺につっかかった、みたいなところか。くだらないね。けけ。



「悪いが、そこをどいてくれ」


「おいおい。ガキんちょくん。あんまりだなぁ。お兄さんたちは心配してあげているんだよ?」



 その一言で一瞬だが周囲の人間が凍り付いた。呼吸が凍り、動作が凍り付き、思考が凍って停止。その一秒後には全員が解凍してそれまでの続きを再開できたが。



 さて、この刹那の違和感に彼らは気付いたか、気付かなかったか。どちらにしても会場の人間にもこの二人がこの街の住人ではないことが理解できた。ツーリストっぽさも薄い。



 もう一度だけ、繰り返す。



「すまない。そこをどいてくれ」


「……おい。マジでいってんのかよ、こいつ」


「くくく。面白いな、坊主。うんうん。お金もなさそうだし、可愛そうだからお兄さんたちが遊んであげるよ。なあ、こっちおいで」



 別に表とか、内部とか海の向こうから人がやってくるのは構わない。この街は歓迎しないが拒絶もしない。大いに見て歩き回るがいいだろうさ。そしてここでしか生きられない奴だと自覚したときに、初めてその場で膝を折れ。そうでなければ財布を置いて帰ってくれ。



 お前らはいらない。この街ではなく、この街そのものである俺が拒絶する。



「どかないのなら、消えてくれ」



 近くにいたボーイが気を効かせてビリヤードのキューを投げてきたので、受け取って武器とした。今日はこれでいく。あの二人は馬鹿にしたように笑っているが、周囲は心配そうに見つめるだけであった。




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