ネオンが光り、客引きが蔓延る通り。通称エロ通りとチュウカが呼んでいる通り。そこにアキラという男の経営する店はあった。店の外に立って本日の来店を、来客をそれとなく待っていると、通りで悲鳴が聞こえた。誰かが、誰かを殴っている。喧嘩か? まあ、喧嘩なんてのは珍しくもなんとも無い場所ではあるが。アキラは一瞬、その相手がチュウカのように見えた。背格好が、体格がそれに近いように見えたのだ。しかし、その異様さは遠くからでも分かって、違うと認識を押し付けられる。あれは影だ。影の悪童と最近呼ばれている悪童だ。フードを被るように黒く、表情はなく、時々白い口が半月になり、その全身は文字通り黒く、黒い色よりも黒く、この世で一番黒で描かれた黒い絵よりも黒い、つまりブラックホールに近い闇。光は吸い込まないようであったため、一般人でもなんとかその存在を認識できる。しかし人間ではない異様なオーラを放っているのは、誰もが分かる。チュウカにそっくりだが、あれはチュウカではない。街の立て看板から壁やドア、ガラスも破壊している。止めに入った人が殴られたのか。あんな乱暴なやつは、秩序を守らない無法者は、今のこの街には影の悪童の他に誰もいない。「やめて」「なにをする」「ふざけるな」怒号と悲鳴が交錯する。止めに入った男が殴られる様子を見て、それを止めに入ろうとする男たちが次から次へと殴られた。木刀で殴られ、流血騒ぎになっている。チュウカはあんなことはしない。あれはチュウカじゃない。アキラも店の中に声をかけて女の子たちに戸締まりをさせ、そして現場へ向かっていった。
「あ、アキラさん」
「あいつは止められないのか」
「ねえ、あれってチュウカなの?」
「いや、違う。影だ。影の悪童と呼ばれる別物さ」
「なんでそんな奴が」
治安悪くさせるの、と。声にならない声で嘆いた。
チュウカのときは笑って済ませることができた。警察官とも鬼ごっこするのが大抵、ガキ同士でも喧嘩が精々、軍の時は体を張って街を守ってくれた。チュウカは突然この街に来て、この街で暴れたが、そこには道理がある。街のためという理由がある。無闇やたらに暴れているわけではない。街の人のために動き、ためを思い行動して、時には礼儀正しいような、そんなやつなのだ。だから、こんな無秩序な乱暴とは違う。
影の悪童は屈強でラガーマンのような一人の男を執拗に殴って、倒した。馬乗りになって殴り、大男の意識が朦朧としているのにさらに殴り続けた。あのままでは死んでしまう。どうにか、どうにかしないと。
アキラは自分が情けない大人だなと思った。何もできない、何もすることのできない、見過ごすことしか無い、そんな大人でしか無いなと思うと、情けなく思った。
天を仰ぎ、祈るような時、その時だった。空から降ってきたのは。飛んで、飛び降りるようにやってきたのは。
チュウカだ。
チュウカは着地して、その影の悪童を見つけるや否や、すぐに飛びかかった。大人たちから影を引き剥がした。二人は、団子になり、転がって離れていった。それからチュウカが蹴飛ばして、距離を作った。影はそろそろと立ち上がり、抜刀。黒い木刀を手にした。チュウカは、ビニールパイプを手にして応戦の意を示す。
「チュウカ! そんなやつやっつけちゃえ」
「チュウカ、たのむぞ!」
チュウカに対して様々な声が飛ぶ。街が一団となっていた。軍を敵にしたときのように一致団結していたように思えた。その時以来だ。
やっていることは暴力で、喧嘩でしかないことはその通りなのだが、しかし、今この場所においての意味合いと、この時の状況としては最適の、最適解としてのチュウカの登場だと、誰もが思ったに違いない。
二人は戦い始めた。
「チュウカ……」
しかし、影は強い。ヒトの動体視力では追いつけない速度の激しいチャンバラでさえも、影はそれを制した。チュウカの安い武器を軽々弾き飛ばし、優勢であることを、その強さを分かりやすく見ている人間に教えた。チュウカでも勝てないぞ、と。やむなくチュウカは後退した。
それを見るなり、アキラは下唇を噛んで自らを奮い立たせて店へと走った。女の子たちの目的のものを取ると、すぐに店の外へ出た。チュウカは一時的に屋上に逃げていた。影はまだ下の通りにいた。
「……くそっ、重いなこれ」
チュウカの忘れ物。置き忘れた物。それを、渡さなければいけない。今渡さなければいけない。たとえあいつが嫌がっても、もう二度と手にしたくなくても、今だけは、今のこの一瞬だけは必要だと、そう、そう思った。なんとしてでも、どうにかしてでも。これを渡さなければ。
「くっ、くそっ、ちくしょおおおお、受け取れチュウカぁぁぁ!」
振り回して飛ばされた偽中華包丁は、ブンブンと、遠心力でブンブンと音を立てながら回転し、ブンブンと回転しながら投げられたソレは、チュウカのいる屋上へ一直線。パシリと掴み、受け止められた。巨大偽中華包丁は、オモイと共にチュウカの手元へしっかり渡された。それは巨大な鉄屑だ。鉄の塊だ。中華包丁を大きく巨大化したようなフォルムをしており、それをいつの日にか手にして愛用していたことから、この街では、それが故にこの街の人間は彼のことをチュウカと呼び、だからチュウカはそう呼ばれることは最近の流行りでしかないと、つまりチュウカいわく一過性の流行でしかないと、そういうことだった。名前はまた、変わるよと。
チュウカは飛び降り、偽中華包丁を地に突き立て、そしてそれを影の悪童に向けた。影の悪童はにやりとした。
「ククク、チュウカ復活だな」
「おい、闇。いや、影の悪童だっけか? まあ、なんでもいいや。決着つけようぜ。俺はお前のことが大嫌いなんだよ」