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CH-U-KA 【完全版】
CH-U-KA 【完全版】
小鳥遊咲季真
現実世界裏社会
2025年01月07日
公開日
6.3万字
連載中
チュウカは大都会の裏、裏街に住んでいた。電線や看板を飛ぶように飛び回り、時にはガキの連中に手を出して追いかけ回して壊滅させたり、時には裏街をぶらつく不良たちからお金を盗んだりして暮らしていた。不良少年、虞犯少年だった。偽中華包丁と呼ばれる巨大な鉄の塊のような武器を背中に背負っていることから、街の外からまたは街の内側から彼のことを人はチュウカと呼ぶのだった。

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 片道三車線、計六車線の大きな通りがあった。二車線を旧車両が走り、残りの一車線を新車両が自動的に走っている。両脇の歩道も、六車線をまたぐ巨大歩道橋も他の道路と比べると真新しく、とても都会的だ。数世代前には日本でがっかりされる観光名所であったこの旧時計台も時計塔に代わっており、まさにここが表の都であることを改めて感じてられる。



 チュウカ、その街でチュウカと呼ばれている彼は高く細い煙突の上にいた。双眼鏡で辺りを見回し、目線を大車線から色んなところに向けて、それから隣の巨大コンクリ建造物に囲まれた狭い一本道に目を向けた。そこには人々が隠れ家と呼ぶラーメン屋とか喫茶店とかが繁盛していた一画。その周囲にはにいくつもの健康的な道路があったが、一本の不健全な道路もあった。



 大都会の裏。裏街。



 人口が百九十万を頂上として下降し始めていたこの大都市では世界的なお祭りの後に急成長し、今では二百五十万の人々が呼吸を絶え間なく行う街にまでなっていた。



 しかし、それは表側でしかなかった。いや、煌びやかな面を表とするのであれば夜にネオンが煌びやかになる裏街の方がよっぽど表側なのかもしれないが、世間ではこっちサイドを裏側の街だと認識していることに間違いはない。



 薄暗くなり始めた空を合図に、徐々に明かりが橙色になり始めた。いつもの街の色を見て安心し、それからちょっとした異変に気付いた。



 双眼鏡の望遠率やピントを調整して視界をクリアにする。



 三……いや、四人いる。あそこは街側入り口にある郵便局。その裏手だ。どうやらカツアゲでもされているようだった。気の弱そうな男の子が路地の行き止まりに押し込まれ、それから胸ぐらをつかまれて唾を吐かれている。カツアゲなどこっち側では塀にへばりつくナメクジ程度の存在でしかないが、俺の街で諍いは見過ごせない。それもどうやら全員裏町の人間じゃなさそうである。子どもは帰る時間だ。全員追い返してやるのが正しい行いに違いない。そう思って、にやりと笑った。



 チュウカは双眼鏡をベルトに掛けて飛んだ。



 大きく飛躍し、落下しながら受ける風を読み、表街あっちでは一切見かけなくなった瓦屋根を吹き飛ばしながら着地した。それからまた次の屋根へと飛び、また飛んで移動した。地中に埋め忘れた電線を弾ませ、販売停止してしまった三十年以上前の駄菓子広告の看板に取り付けられた照明を掴み、三階建て木造建物の間にぶら下げられた時代錯誤な懸垂幕の上に立った。やつらはそのすぐ下にいた。全員小学生、よくて中学一年生だ。ザコだな。見下ろしていると会話が聞こえてきた。



「これしかないのかよ、使えねぇな」


「じゃあそこの店から盗って来いよ。パクリチョコレート会社の社長の子どもなんかだから、それぐらい余裕だろ? なあ、おい!」



 黄色くて黄ばんだシャツを着た細いやつは首を振った。



「俺らこれから用事あるんだよ。お金必要なの。なあ、早くしてくれよ」



 カツアゲ組の一人が黄色のチョコレート息子の腹部に一発。殴られて座り込んだ。



「ヒヒ」



 チュウカは小さく笑った。その声に、予想外の方向からの一声に三人組が反射的に上を見た。ああ、しまったな。面白かったからついつい笑ってしまった。もっと別な方法で驚かせるつもりだったんだけど。



「誰だ? あいつ」



 ガキのその言葉に弱そうな黄色も俺のことを見てきた。そんな縋るような涙目はやめろよ。笑いが止まらなくなるぜ。



「ヒヒヒ」


「誰だよ、てめぇ。ふん、目黒はもう卒業してこの街にはいないんだ。今日からこの街は俺たちのものだ……ぐはっ」



 不意に飛び降りてきたチュウカは、そのまま背中の巨大な偽中華包丁のような金属の刀みたいな塊を振りかざして一人を強打。震盪。着地ついでに他の一人も殴り飛ばした。



「ダチを! よくも俺のダチを――ぐはっ」



 チュウカは体を軸に包丁を一回転させることで残りの二人の顔面から出血させるほどの強打を浴びせた。完全に戦意を失った悪ガキ三人はよろよろと「そうかこいつチュウカだ」「チュウカだ、チュウカだ」「くそぅ」と怯え切った姿で路地から出て曲がった。



 今度は細い黄色シャツをチュウカは見た。偽中華包丁を背負い直してから、一気にその距離を詰めて靴ひものないスニーカーで壁を蹴った。



「てめぇは誰だ」


「……あ、ぁぁ、ぇぇ、ええと――」



 答える間も無く、チュウカは薄い黄色を引っ張って通りの方へ投げ飛ばした。その体はあまりにも軽く、チュウカの思い通りの軌道を描いた。短い空の旅から地面に戻ってきた黄色は着地に失敗し、腰の辺りをさすって痛そうに地べたに座り込むが、すぐに立ちあがらざるを得ない状況となる。見上げた時にはすでにチュウカが偽中華包丁を宙で振り上げていたからだ。



「うらぁ!」



 音にならない息をしながら黄色は必死に泳ぐ手で走り出した。チュウカもその様子を見て目を細め、今度は古いビルの屋上に跳んだ。徐々に暗くなって街灯が点滅を始めていた。そこを三人組が敗走し、黄色が逃走する。



 チュウカは飛びながら目にした古い日本家屋の家から雨どいを剥ぎ取って新たな武器とし、再び地面に降りた。黄色の真後ろに着地したチュウカは俊敏のある雨どいで黄色の背中をゴルフのショットのように打った。黄色はまた吹き飛んだ。今度は三人組の前に飛ばされ、転がった。躍り出た黄色に足を止め、全員が振り向く。チュウカは雨どいを得意げに振っている。



 ガキ共一行は明るいネオンのちらつく方へと曲がって行った。チュウカの笑顔は消えた。仕方ないなぁ、と。持ち前の運動神経で飛ぶように走り抜けた。ここでは騒ぎを大きくしたくはなかったから。



「お兄さん、遊んでってよー、ほらほら、今日だけ特別に――きゃあ」


「どうです? 一発しっぽりとしっかりとそれとなく最高に安くて可愛い子がこんなに――うわっ……あれ? チュウカか?」



 チュウカはその通りをエロ通りと呼んでいた。そこはスーツを着ながらやさぐれた顔の男におっぱいを吸わせたり、お酒を飲みながら横目で踊る下着一枚の女性を見ていたり、秘密の共有の後に演技をして疲れ果てた風俗嬢がたばこをふかしていたりするところだからだったから。



 鼻の下とパンツを伸ばした猫背の男どもを吹き飛ばし、すれ違いざまに財布から札だけ抜き出して元に戻し、通りの従業員の声に手を上げて返しながら前の四人を追いかけ続けた。



 エロ通りを抜けて夕陽だけが照明の場所、怪しくも芳しい中華屋の並びを走り抜け、そして表街へ。車が多数往来している交差点に差し掛かった。追われているガキ共が車道に出るのを躊躇うのを他所にチュウカが無慈悲に攻撃を仕掛けた。そのうち一発がバカに当たり、そのまま卒倒した。リタイア一人目。



 白線がかすれて消えている旧世代自動車側。どこか錆び付いていて時代を感じさせる。バイクとトラックが油くさい黒い煙でエンジンをうならせ、その前を悪ガキが通行人を掻き分けながら交差点を敗走。ガキの一人が目についたのか、飲食店の新商品を告知しているのぼり旗を抜き取って武器とした。チュウカは交通ルールを無視して車道のど真ん中に飛び降りた。車道ではなく横断歩道にガキがいるのを見つけると二人を追いかけて再び飛んだ。黄色のガキはすでにそこにはいない。



 車は走りだし、縦横無尽、無法に飛ぶガキ共に対してクラクションが鳴る。ガキ共は逃げ場を車の上に求め、チュウカもそれに続いた。雲の少ない空から降り注ぐ橙の太陽がその全てを一色に染め上げ、市営バスの上でのチャンバラを街の景色とした。



「くそおおお! なんだってんだよ!」


「ククク」



 ガキが力任せに不格好な横振りをするが、それをしゃがんで回避。不敵な笑みで雨どいの攻撃が炸裂。先頭の戦闘ガキはしゃがんで事なきを得たが、すぐ後ろで経過を見ていたもう一人のガキに命中して落ちた。落下したガキは走り抜ける車の間を勢い止められずに弾けながら転がって行った。やがて彼は力尽き、中央分離帯にぶつかって昏倒した。リタイア二人目。



 バス屋上での殺陣は舞台を家庭用自動車へと移し、ボンネットから屋根、後部荷物収納庫へと車をとっかえひっかえしながら目まぐるしく行われた。飛び移るその度に、雨どいや偽中華包丁の鉄が車の鉄をへこませ、振り下ろされた偽中華包丁が車の機能を半壊させスクラップにした。巨大偽中華包丁と中途半端な雨どいの二刀流を一度だけ交わしきれなかった新商品を宣伝している悪ガキは鼻血を滴らせながら歩道へ飛び逃げ、チュウカは余裕の表情で歩道の信号機に飛び、周囲の歩行者を困惑させた。



「くそおおお」



 これ以上逃げても無駄だと思ったのか旗から旗を取り、残った棒をバトンダンサーのように回転させながらチュウカへ突っ込んでいった。チュウカもこれに応戦。偽中華包丁で攻撃を受け止め、雨どいで武器を快晴の夕空へ高く突き飛ばした。武器のなくなった悪ガキはその行く末を仰ぎ見ながらその場で膝から崩れて座り込み、それをチュウカが一回転しながら蹴とばした。



 斯くして裏街に生まれかけた新しいガキ大将軍は全滅し、犯罪を未遂で終えた黄ばんだ少年が無事に家に帰って、ただチュウカがこの街で思いっきり吠えたのであった。



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