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第10話

「……なるほど。そういうことでしたか」


 サクラの説明をひと通り聞いたクロビスは、顎に手をあてて大きく頷いた。


 サクラにはテレビゲームというものを正確に伝えられる自信がなかった。そのため、つじつまの合わないことをごまかしているような伝え方ではあったものの、クロビスがサクラの言い分を受け入れてくれたようで安心する。


「高所から地面に叩きつけられても無事だったのは、いまのあなたのからだは作り物の肉体だからということなのでしょうか?」


「さあ、それはどうなのかわからないけれど……」


 荒唐無稽な話をしていると、呆れられなくてよかった。

 現状サクラがこの世界で頼れるのはクロビスだけなのだ。彼にはできるだけ不信感を抱かれたくはない。

 そばに置いておくには信用ならない者だと判断されてしまい、このままクロビスの家から放りだされてしまったら。そこから途端に負けイベントへと発生してしまう可能性が十分にあると思っている。

 そればかりは絶対に勘弁してほしいと考えていた。最悪の事態は回避できたはずだと、サクラは胸を撫でおろす。


「彼方からやってくる流れ人は、皆そうしているのでしょうか。強いからだに魂を入れ替えてやってくるのですか?」


「だから、それはわからないんだってば」


「……記憶がないから、ですよね?」


「だって、本当に覚えてないんだもの。気がついたら熊が目の前にいたのよ」


 ここがゲームと同じ世界であるならば、人形を操る魔術が存在しているはずだ。ゲーム内で敵の魔術師たちが人のからだを精巧に模した人形を作り、そこへ死者の魂を入れて操るという術を使用していたのだ。

 プレイヤーを襲ってくることのない一般的な市民の姿をしたモブキャラが、実は姿を隠している魔術師が操っている人形だということが嫌というほどあった。プレイヤーが市民に背中を見せた瞬間に、襲い掛かってくるのだ。

 初見で見抜くことはまず不可能で、必ず一度は死ぬことになるトラップのひとつだ。


 ゲームシナリオの後半で登場する魔術なので、おそらく習得するのは困難な魔術のはずだ。

 一般的に浸透している魔術のようには感じられないが、物体に魂を入れ込む技術があること自体は知識として広まっているのかもしれない。

 ゲーム内ではイライラさせられっぱなしの魔術であったが、生まれ持ったからだではないという話を信じてもらえる土台があったことには感謝する。


「私は自分以外の異世界人がこの世界にいることだって知らないの」


「……それはまた。ずいぶんと都合がいい話ですね」


「この世界に来てしまった人がいるとして、みんな私と同じ状態なのかどうかなんてさっぱりだわ」


「……ふむ、なるほど。そういうことにしておきましょう」


 サクラが答えると、クロビスは不機嫌そうに顔を歪めて鼻を鳴らした。

 ひとまず言い分は受け入れるが、すべてを信じたわけではないことが表情から伝わってくる。

 だが、まるっきり嘘をついているとは思ってはいないのだろう。サクラが自分に真実を打ち明けてきたことの意図、話の内容自体の理解不能な点があることに不満があるようにみえる。


「もし人工的に作り上げた肉体に魂を入れているのだとしても、正直にそのことを教えてくださる善良なお方があなた以外にいらっしゃるとも思えませんしね」


 クロビスが蔑むような視線をサクラに向けてくる。

 その態度にひっかかりを覚えたサクラは、腕を組んで彼をじっとみつめた。


「ちょっと待ってよ。それってわかる範囲で事実を正確に伝えようと努力した私のことを馬鹿にしているの?」


「どう受け取るのかは、あなたにお任せいたします」


 クロビスはにこりと微笑むと、サクラの頬を両手で包みこむ。

 いまサクラがいるのはクロビスの自宅だ。身分を証明するための仮面を、彼はもう身につけていない。

 ゲームをプレイしているときにはわからなかったが、こうも表情がころころと変わる人なのだと意外に感じる。

 仮面をしているときは無骨な雰囲気が感じられることもあった。だが、こうして素直に感情をあらわす姿を間近にすると、最初に見たときに感じた年齢よりも、さらに若い印象すら受ける。

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