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第3話

「サクラの死にたくはないという気持ちはよくわかる。私も死にたくはなかったからな」


 アリエノールが穏やかに笑う。

 サクラの頬に手を伸ばして、そっと撫でてくる。


「だがそれは、民たちだって同じだろう。誰だって理不尽に死にたくはないのだ」


「……おっしゃる通りでございますわ」


 サクラは両手をぎゅっと握り込んだ。

 目を閉じて、この世界にきたときのことを思い出す。


「玉座を守るためには血を流さなければならないこともあろう。しかし、いまのこの世界の実情では、争いなど不要だと私は思っている」


 アリエノールが優しくサクラの頬を撫でながら話をしている。


「そのうちに、五人の候補者のうちの誰かがお前に刺客を送ってくるだろう。否が応でも争うことになる」


 サクラの頬を撫でるアリエノールの手が止まった。

 サクラは目を開いて、目の前にいるアリエノールに視線を向ける。


「そのときにどう感じるかはお前に任せる。武力による制圧が必要だと思うのなら、そうすればいい。私に遠慮はいらない」


「残念ですが、わたしは王になりたいだなんてひとことも言っておりません。むしろ、アリエノールさまが王を望むのであれば、全力でお手伝いする所存です」


 サクラは握っていた手を離した。

 どことなく悲しそうな顔をして頬を撫でるアリエノールの手に、自分の手をそっと重ねる。


「サクラはそればかりだなあ。私は玉座を巡る争いにはかなり出遅れているのだぞ」


「それを言ったらわたしだって遅れています。あ、でも、王になりたくはないのですからね!」


「それもそうだな!」


 アリエノールがガハハと笑う。

 アリエノールはサクラの頬から手を離し、机の上に肘をついた。


「とにかく学べ。世界を知れ。そうすれば、自ずと答えはでよう」


 そう言ったきり、アリエノールは黙り込む。

 今日はもうこれ以上は話をするつもりがないらしい。


 アリエノールが焦ってサクラに物事を教えるつもりはないのだということは、茶会を重ねるごとに気がついた。

 会うたびに、少しずつ知識を分け与えてくれる。


 サクラはすっかり冷え切ったお茶を飲み干した。

 それから、空を見上げ、見えない大樹に願う。



 ──どうか、誰も死を恐れず、平和に暮らせる世界になりますように。



 いつか王になりたいと願う日がくるのかもしれない。

 いまはまだ、なにもわからない。

 けれど、サクラはあらためて、この世界で生き抜く覚悟を決めた。




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