「サクラの死にたくはないという気持ちはよくわかる。私も死にたくはなかったからな」
アリエノールが穏やかに笑う。
サクラの頬に手を伸ばして、そっと撫でてくる。
「だがそれは、民たちだって同じだろう。誰だって理不尽に死にたくはないのだ」
「……おっしゃる通りでございますわ」
サクラは両手をぎゅっと握り込んだ。
目を閉じて、この世界にきたときのことを思い出す。
「玉座を守るためには血を流さなければならないこともあろう。しかし、いまのこの世界の実情では、争いなど不要だと私は思っている」
アリエノールが優しくサクラの頬を撫でながら話をしている。
「そのうちに、五人の候補者のうちの誰かがお前に刺客を送ってくるだろう。否が応でも争うことになる」
サクラの頬を撫でるアリエノールの手が止まった。
サクラは目を開いて、目の前にいるアリエノールに視線を向ける。
「そのときにどう感じるかはお前に任せる。武力による制圧が必要だと思うのなら、そうすればいい。私に遠慮はいらない」
「残念ですが、わたしは王になりたいだなんてひとことも言っておりません。むしろ、アリエノールさまが王を望むのであれば、全力でお手伝いする所存です」
サクラは握っていた手を離した。
どことなく悲しそうな顔をして頬を撫でるアリエノールの手に、自分の手をそっと重ねる。
「サクラはそればかりだなあ。私は玉座を巡る争いにはかなり出遅れているのだぞ」
「それを言ったらわたしだって遅れています。あ、でも、王になりたくはないのですからね!」
「それもそうだな!」
アリエノールがガハハと笑う。
アリエノールはサクラの頬から手を離し、机の上に肘をついた。
「とにかく学べ。世界を知れ。そうすれば、自ずと答えはでよう」
そう言ったきり、アリエノールは黙り込む。
今日はもうこれ以上は話をするつもりがないらしい。
アリエノールが焦ってサクラに物事を教えるつもりはないのだということは、茶会を重ねるごとに気がついた。
会うたびに、少しずつ知識を分け与えてくれる。
サクラはすっかり冷え切ったお茶を飲み干した。
それから、空を見上げ、見えない大樹に願う。
──どうか、誰も死を恐れず、平和に暮らせる世界になりますように。
いつか王になりたいと願う日がくるのかもしれない。
いまはまだ、なにもわからない。
けれど、サクラはあらためて、この世界で生き抜く覚悟を決めた。