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第2話










「なんだ。今日のクロビスは機嫌が悪そうだったな」


「そうなんです。家を出る前はご機嫌だったのに、急におかしくなっちゃって」


 今日の茶会はいわゆる女子会というやつだ。

 クロビスはサクラをアリエノールのいる場まで送り届けると、さっさと自分の職場へと向かっていった。

 その態度があまりにそっけなかったので、サクラは困惑していた。


「まあ、あやつの気持ちもわからんでもない。つい先日までは自分に頼りっきりだったお前が、急に兵士や街の者たちと親しくしているのだ。気移りしたらたまらんと思っているのだろうさ」


「そんなことを気にする人でしょうか?」


「気にするさ。これまであえて他人を気にかけすぎないよう、事務的に接していた男だぞ。ようやく自分のモノだと執着できる存在に出会ったのだ。絶対に手放したくないのだろう」


「……そんな、ものですかねえ?」


「まあ、うまく転がしてやれ。あれはなかなか使える男だからな」


 アリエノールはガハハと笑い、目の前に置かれていたお茶を飲み干した。


「さて、今日はどこから話をする予定だったかな?」


「先日は、いまこの世界に王の候補が複数いるというお話まで聞かせていただきました」


「ああ、そうだったな」


 サクラはこうして、時おりアリエノールからお茶に誘われる。

 その際に、この世界のことについて、いろいろと教わっていた。

 前回のお茶会では、王の候補者が複数いること、その中でも五人の候補者が突出しているという話を聞かせてもらっていた。


「正直なところ、私ですら目立っている五人の候補者以外に、どれだけ王の候補がいるのか、把握はしきれていない。サクラのように、こっそりとこの世界に流れ着いた稀人がいる可能性があるからな」


「暗礁の森の管理人といっても、すべての稀人の訪れを把握できるわけではないのですね」


「そもそも、すべての稀人が暗礁の森に流れ着くわけでもないからな。他の領地に流れ着いたのであれば、もうさっぱりだ」


 アリエノールが肩をすくめる。

 サクラは感心したように頷きながら、内心ほっとしていた。

 万が一、暗礁の森以外のエリアに流れ着いていたら、それこそ生きてはいられなかった。


「お前のことだ。先王の息子殿との会話の流れから、王になるには高き者からの指名を受けなければならないことは、もうわかっているのだろう?」


「……はい。なんとなくは、把握しております」


 この世界で王になるには、何者かの指名を受けなくてはならない。

 ゲームのプレイヤーであるサクラは、最初から知っていることだった。


 ゲームのクリア後のムービーにて、プレイヤーキャラクターが誰かから王に任命されているようなシーンが流れるからだ。

 ゲーム内のフレーバーテキストにも、何度か「高き者」という単語が出てきていた。


 しかし、高き者の姿がはっきりと映っていたり、語られているテキストは一切ない。

 高き者が何者であるのか、指名とは具体的にどうすればされるのか、それはプレイヤーの誰一人としてわかってはいないはずだ。


「この指名というものが、いつどこでどのような形で行われるのかわからんのだ。わかっているのは歴代の王のみだ」


「アリエノールさまでもわからないのですか?」


「そうだ。きっと先王の息子殿ですら、わかってはいないだろう。いまのこの世界において、誰一人として理解できていないことだと私は思っている」


 アリエノールはふうと息をはいて腕を組んだ。

 唇を尖らせ、拗ねたような顔で話を続ける。


「だから、王となりたい候補者たちは、自分が王たるにふさわしいと行動で示している。武力による制圧もその一つだな」


 そこまで話をして、アリエノールは机をたたいた。

 ばんと大きな音がして、サクラは肩をびくりと震わせる。


「理屈はわかる。自分以外の王候補を殺してしまえば、必然的に王となれる。だが私は、自分が王たる者だと示すために、民を苦しめる必要はないと思っている」


「……それはつまり、武力による殲滅は王たる資格には必要ないと考えておられるということでしょうか?」


「そうだ。五人の候補者たちは互いに武力による衝突を続け、いまも大地を焼き続けている。玉座の争いには直接的に関係のない民を苦しめている。それで王だと名乗れると本気で思っているのだろうか」


 ゲーム内でのアリエノールは、争いを恐れて領地から出てこない引きこもりだと揶揄される場面が多かった。


 なぜアリエノールが軍を率いて攻勢に打って出ないのか。

 その理由について、詳細に記されたテキストはなかった。


 ──そういえば、心が折れたとか言われている割に、この領地は他の地域と比べたら豊かなんだよね。そうか、アリエノールさまは玉座を巡って武力で争うことに意味を感じていなかったのね。内政の充実に重きを置いていたってことなのかな。




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