サクラはアリエノールの発言に衝撃を受けた。
こちらから取り入るつもりはあったとはいえ、具体的な方法は考えていなかった。
まさかアリエノール側から、自分の元にいるようにとさっさと宣言されてしまうとは考えもしていなかったのだ。
「なんだその顔は。私の元にいるのは不満か?」
「い、いいえ! 不満なんてありません。ですが、アリエノールさまからそのようにおっしゃっていただけるとは、意外でしたから」
「そうか? 王になりたい者にとって、お前ほど邪魔な存在はないだろうからな」
アリエノールはふうと息をはいて腕を組んだ。
「きっと今ごろ、先王の息子殿がサクラの存在を他の王候補の連中に吹聴しているだろう。そうなれば、確実に命を狙われる。私がサクラの身柄を預かっていると知れた方が、他の連中は手を出しにくくなるだろうさ」
「……た、たしかに。ベルヴェイクさまのやりそうなことでございますね」
「だろう? 死にたくないのならば、しばらくは私の元でおとなしくこの世界のことを学ぶといい」
アリエノールはサクラに向かって、ニコリと微笑んでみせた。
それからすぐに真面目な表情に戻ると、クロビスに視線を向ける。
「クロビス、お前がサクラという稀人の存在を私に隠していたことは不問にしてやろう。代わりにサクラを絶対に死なせるなよ。全力で守ってやれ」
「かしこまりました」
クロビスは落ち着いた態度で返事をしながら、アリエノールに向かって深く頭を下げる。
その姿を確認してから、アリエノールは再びサクラへ笑顔を向けてきた。
いたずらっぽい笑みに、なんとなく嫌な予感がする。
「さて、サクラ。私は暗礁の森の管理人として、異世界からやってきた者たちを導く義務がある」
「……あら、そんなお仕事もあったのですね」
「そうだ。私の元でこの世界のあり方を学び、自分がどう生きていきたいのか。見極めるとよいだろう」
アリエノールは踏ん反り返りながら、堂々と言い放った。
「とはいえ、ただで面倒を見てやるつもりはない。私の元で働きながら学ぶのだ。それが嫌なら断ってもらってもかまわないが、私の庇護下に置くという話はなかったことになるぞ」
どうだ、とアリエノールは尊大な態度で尋ねてくる。
サクラは少しだけ黙って考えこむ。
どれだけ考えたとしても、選択肢はひとつしかないと思った。
「働きながら学ぶ、大歓迎ですわ。なにもせずに一方的に恩恵を受けるのは気がひけますから」
サクラはアリエノールにそう返事をした。
すると、そばにいるクロビスが少しだけ焦ったような雰囲気を醸し出す。
どうかしたのか、そうサクラがクロビスに問いかけるよりも先に、アリエノールが口を開いた。
「そうかそうか、そう言ってもらえてなによりだ。では、お前のその馬鹿力を見込んで、この広場の守護を任せよう」
「…………………………………………はい?」
サクラはアリエノールの発言に素っとん狂な声が出た。
そばにいたクロビスが頭を抱えている。
「まさか、わたしにロークルさまの代わりをしろとおっしゃるのですか?」
「あやつの仕事のすべてを代われとはいっていない。敵対者があらわれたとき、もし街の中で進撃を止められなかった場合。サクラがこの広場で足止めしろと言っているだけだ」
「わたしが足止めなんてそんな! そんな重要な任務はお引き受けできません」
「そんなことはない。サクラ以上にここの守りを任せられるような実力者は我が領地にはいないぞ。それにな、ここで止められなかったらクロビスの命だって危ういのだということを忘れるな」
「……それは、そうなのですか? そうかもしれませんが……」
「愛する者を失うのは辛いぞ。私はサクラにその気持ちを味わってほしくないだけだ」
アリエノールの声のトーンが、わずかに下がった。
彼女は変わらず笑顔を浮かべてはいるが、どことなく憂いを帯びた瞳をしているような気がする。
「──っわかりました! タダ飯食いにならによう、精一杯つとめさせていただきます‼︎」
サクラは気持ちが張り裂けそうになって、たまらずそう叫んでいた。
途端に、アリエノールは満面の笑みを浮かべる。
だが、それすら無理をしているような気がして落ち着かなかった。
「では、サクラは私に協力してくれるということでよいな。もちろん、きちんと世界について学ばせてやる。安心するといいぞ!」
「あ、ありがとう、ございます……?」
アリエノールがガハハと笑っている。
サクラは本当にこれでよかったのかと不安を感じつつ、無邪気に笑うアリエノールを暖かい目で見守っていた。