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第13話

 アリエノールが得意げな顔で胸を張った。

 サクラのからだがぐらりと大きく揺れて、口から声にならない悲鳴をあげてしまう。


「────────っひい⁉︎」


 いまのサクラは、アリエノールの腕だけに支えらえて空を飛んでいる。


 サクラは雲の上にやってきてから、あえて下を見ないようにしていた。

 しかし、からだのバランスを崩して、ついうっかりと視線が下の方へいってしまった。

 先ほどの落雷の影響で、ベルヴェイクの幻影がいた場所に、ぽっかりと雲の穴ができている。


「あ、ああ、アリエノールさま。とっても大切なお話を聞かせてくださるのは嬉しいのですが。と、とりえあずおりませんか? お話なら、ここじゃなくても……」


「そうだな。本当にあの男はいなくなったようだし、戻ろうか」


 そう言うやいなや、アリエノールは急降下をはじめた。

 サクラはまた城下に響き渡るような大声で泣き叫ぶことになった。










 広場に戻ったサクラは、その場に力なくへたり込んだ。


「……どうなさったのですか? すごい顔になっていますよ」


「あ、あなたが寝ていて助けてくれないから。わたし、酷い目にあったんだからね!」


「私が倒れることになったのは、ほとんどあなたのせいですよ。責任転嫁しないでください」


 アリエノールがサクラを下ろした場所は、クロビスの目の前だった。

 いまのクロビスは、広場の隅で壁を背にして座り込んでいる。

 サクラはそんなクロビスの前で、涙でぐしゃぐしゃの顔を拭う。


「いちゃついているところ悪いが、サクラとクロビスだけに話がある」


 アリエノールはそう言って、そばにいた警備兵に視線を送った。

 視線を向けられた二人はすぐに敬礼をすると、この場から離れていく。



「さて、クロビスよ。私にする言い訳はあるか?」


「ございません。すべてアリエノールさまのご意向に従います」


「……ふむ、そうか。多少の申し開きは聞いてみたかったがな」


 クロビスは神妙な面持ちで顔を伏せると、つけていた黒い仮面を外した。

 そんなクロビスの様子を見て、サクラは察した。

 クロビスはサクラの正体をアリエノールが知っていることに気がついている。


「……あ、あの、アリエノールさま! わたしがクロビスに無理やり頼んだのです。どうしても死にたくはなくて、彼に縋ってしまったのです」


「だから何度も言うがな。私は誰のことも責めてはいないのだ」


 クロビスを責めないでほしい、そう必死に訴えるサクラに、アリエノールが優しく笑う。

 アリエノールはサクラの隣までやってきてしゃがみ込むと、頬に手を当ててきた。


「ただな、クロビスがこれほど他人に入れ込むのが珍しいのだ。失うのが辛い、傷つくのは嫌だからと、普段は誰に対してもそっけない態度ばかりなのだ」


 そう言って、アリエノールがニヤリと笑う。

 アリエノールはサクラの頬をそっと優しく撫でながら、横目でクロビスを見ている。


 クロビスは一見すると穏やかに笑っている。

 しかし、見る人が見れば不機嫌であることが丸わかりだった。


「ほらな。こうして私がサクラに触れただけで機嫌を悪くするのだ。からかってみたくもなるだろう?」


「まったく、なにをおっしゃっておられるのでしょうか。それはアリエノールさまの気のせいでございます。私はこれくらいのことで機嫌を悪くしたりはいたしません」


「どうだかな。サクラの首筋にお前が深く愛した跡が花になっていたぞ?」


 アリエノールがとんでもないことを言い出したので、サクラは慌てて首筋を隠した。

 表情を取り繕っていたクロビスも、一瞬だけ視線を泳がせた。


「あはははは、冗談だ。そんな跡は残っていないが、そうして二人揃って慌てるくらいだ。心当たりがあるのだなあ?」


 昨夜、クロビスに首筋を噛みつかれた。

 しかし、その跡が残っていたとして、回復魔法をかけられた後なので綺麗になくっているはずだ。


 からかわれたと気がついて、サクラは顔を赤くさせた。

 アリエノールがガハハと笑いながら腹を抱えている。


 ベルヴェイクはアリエノールを竜のお姫さまなどと言っていた。

 しかし、姫よりは殿と呼びたくなるタイプの豪快な人柄だと、サクラは思ってしまう。



「さて、冗談はこれくらいにしておこう。これからは真面目な話をするぞ」


 アリエノールは笑顔をしまい、真剣な顔つきになる。

 クロビスは座ったままではあったが、背筋をピンと伸ばしてアリエノールに視線を向けた。

 サクラも二人に倣って、真面目な表情を作る。


「サクラは私の庇護下に置くこととする」

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