アリエノールが得意げな顔で胸を張った。
サクラのからだがぐらりと大きく揺れて、口から声にならない悲鳴をあげてしまう。
「────────っひい⁉︎」
いまのサクラは、アリエノールの腕だけに支えらえて空を飛んでいる。
サクラは雲の上にやってきてから、あえて下を見ないようにしていた。
しかし、からだのバランスを崩して、ついうっかりと視線が下の方へいってしまった。
先ほどの落雷の影響で、ベルヴェイクの幻影がいた場所に、ぽっかりと雲の穴ができている。
「あ、ああ、アリエノールさま。とっても大切なお話を聞かせてくださるのは嬉しいのですが。と、とりえあずおりませんか? お話なら、ここじゃなくても……」
「そうだな。本当にあの男はいなくなったようだし、戻ろうか」
そう言うやいなや、アリエノールは急降下をはじめた。
サクラはまた城下に響き渡るような大声で泣き叫ぶことになった。
広場に戻ったサクラは、その場に力なくへたり込んだ。
「……どうなさったのですか? すごい顔になっていますよ」
「あ、あなたが寝ていて助けてくれないから。わたし、酷い目にあったんだからね!」
「私が倒れることになったのは、ほとんどあなたのせいですよ。責任転嫁しないでください」
アリエノールがサクラを下ろした場所は、クロビスの目の前だった。
いまのクロビスは、広場の隅で壁を背にして座り込んでいる。
サクラはそんなクロビスの前で、涙でぐしゃぐしゃの顔を拭う。
「いちゃついているところ悪いが、サクラとクロビスだけに話がある」
アリエノールはそう言って、そばにいた警備兵に視線を送った。
視線を向けられた二人はすぐに敬礼をすると、この場から離れていく。
「さて、クロビスよ。私にする言い訳はあるか?」
「ございません。すべてアリエノールさまのご意向に従います」
「……ふむ、そうか。多少の申し開きは聞いてみたかったがな」
クロビスは神妙な面持ちで顔を伏せると、つけていた黒い仮面を外した。
そんなクロビスの様子を見て、サクラは察した。
クロビスはサクラの正体をアリエノールが知っていることに気がついている。
「……あ、あの、アリエノールさま! わたしがクロビスに無理やり頼んだのです。どうしても死にたくはなくて、彼に縋ってしまったのです」
「だから何度も言うがな。私は誰のことも責めてはいないのだ」
クロビスを責めないでほしい、そう必死に訴えるサクラに、アリエノールが優しく笑う。
アリエノールはサクラの隣までやってきてしゃがみ込むと、頬に手を当ててきた。
「ただな、クロビスがこれほど他人に入れ込むのが珍しいのだ。失うのが辛い、傷つくのは嫌だからと、普段は誰に対してもそっけない態度ばかりなのだ」
そう言って、アリエノールがニヤリと笑う。
アリエノールはサクラの頬をそっと優しく撫でながら、横目でクロビスを見ている。
クロビスは一見すると穏やかに笑っている。
しかし、見る人が見れば不機嫌であることが丸わかりだった。
「ほらな。こうして私がサクラに触れただけで機嫌を悪くするのだ。からかってみたくもなるだろう?」
「まったく、なにをおっしゃっておられるのでしょうか。それはアリエノールさまの気のせいでございます。私はこれくらいのことで機嫌を悪くしたりはいたしません」
「どうだかな。サクラの首筋にお前が深く愛した跡が花になっていたぞ?」
アリエノールがとんでもないことを言い出したので、サクラは慌てて首筋を隠した。
表情を取り繕っていたクロビスも、一瞬だけ視線を泳がせた。
「あはははは、冗談だ。そんな跡は残っていないが、そうして二人揃って慌てるくらいだ。心当たりがあるのだなあ?」
昨夜、クロビスに首筋を噛みつかれた。
しかし、その跡が残っていたとして、回復魔法をかけられた後なので綺麗になくっているはずだ。
からかわれたと気がついて、サクラは顔を赤くさせた。
アリエノールがガハハと笑いながら腹を抱えている。
ベルヴェイクはアリエノールを竜のお姫さまなどと言っていた。
しかし、姫よりは殿と呼びたくなるタイプの豪快な人柄だと、サクラは思ってしまう。
「さて、冗談はこれくらいにしておこう。これからは真面目な話をするぞ」
アリエノールは笑顔をしまい、真剣な顔つきになる。
クロビスは座ったままではあったが、背筋をピンと伸ばしてアリエノールに視線を向けた。
サクラも二人に倣って、真面目な表情を作る。
「サクラは私の庇護下に置くこととする」