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第12話

「──そこまでにしてください!」


 張り詰めた空気を壊すために、サクラは叫んだ。


 ──こんなところでこの二人に戦われたら、まっさきにわたしが落下死する! そんなの絶対に嫌なんですけどー⁉


 サクラは心の中でさらに叫び声をあげながら、目の前のアリエノールを見上げた。


「こんなところまで、わざわざ喧嘩しにきたわけではないのですよね? 用件があるのでしたら……」


「いや、喧嘩しにきたんだ。これ以上は我が領地で好き勝手にするなとな」


 サクラが話している途中で、アリエノールがずばっと言い切る。

 サクラは「なんでやねん」と、関西人でもないのに突っ込みそうになる。

 喉元まで出かかった言葉を飲み込んで、冷静に話を続けた。


「……それは喧嘩ではなく、どちらかというと牽制なのではないでしょうか? それでしたら、もう十分にベルヴェイクさまには伝わったと思いますが……」


「ふん、この男にはどれだけ言っても足りないのだ」


 アリエノールは頬を膨らませてベルヴェイクを睨みつける。

 睨みつけられたベルヴェイクは、ふうと息を吐いた。

 彼は取り乱してしまった自覚はあるらしい。

 目を閉じてゆっくりと深呼吸をしている。



「……そうだな。君のような田舎者にどれだけ言われようと、自分の意思を曲げるつもりはない」


 目を閉じて数秒後、ベルヴェイクが冷たい声で話しだす。


「私は自分を差し置いて、王となるべくこの世界を訪れた者に興味がある。その者がどういった末路を辿るのか、な」


 ベルヴェイクはゆっくりと目を開くと、サクラをみつめながら言った。


「君自身が王たるを望むと望まざるにかかわらず、高き者の意志は決まっている」


「……高き者ですか。それはいったい誰なのでしょう?」


 サクラの問いに、ベルヴェイクは答えない。


「私は自分が納得できるまで稀人たちに関わり続ける。引き続き君の様子は監視させてもらおう」


 ベルヴェイクが話し終えると同時に、赤い雷が落ちた。

 ベルヴェイクのからだが音もなく消えていく。


「……まさか、また幻だったなんて……」


「あやつは臆病だからな。本体はいったいどこに隠れておるのか。やっかいな男だ」 


 アリエノールが拗ねたように唇を尖らせる。

 ぶつくさとベルヴェイクに対して小言を言い続けるアリエノールに、サクラはそっと尋ねた。


「……あ、あの。どうしてわたしのこと……?」


「我が一族は代々、暗礁の森の管理人を務めているのだ。稀人かそうでないかくらい、雰囲気でわかる」


「ふ、雰囲気ですか?」


 ふわっとした答えを返されてしまい、サクラは困惑した。


「それとな、お前は城の中にある大樹の部屋に、勝手に入っただろう。あそこはな、大樹に認められた王の資格を持つ者しか入れない部屋なのだぞ」


「──え、そうだったのですか⁉」


 サクラは驚いて声が大きくなってしまった。

 そんなサクラを見て、アリエノールがガハハと笑う。


「なんだ、知らずに入るとは大物だな。あの部屋の扉は、最後に開けた者が誰なのかわかる仕組みなのだぞ。扉の絵が変わっていたのに気がつかなかったか?」


「……い、言われてみれば変わっていました。す、すみません。勝手に開けてしまって……」


「安心しろ。責めているのではない。暗礁の森の管理人として、王たる資格を持つ稀人は大歓迎なのだ」


 アリエノールは笑いながら話をしている。 

 しかし、サクラは彼女の言っていることが言葉通りなのか信用できずに、警戒してしまう。


「本当に安心していい。だいたい、稀人を嫌悪するように民へ仕向けたのは先王なのだ。先王自身が稀人であったからな」


 アリエノールはそう言って、再び唇を尖らせた。


「自分の立場を脅かす存在とでも思っていたのかもしれぬな。王は歳を重ねるごとに疑心が増していき、圧政を敷くようになった。そして、とうとう高き者に見放され、肉体と魂が大樹に回収されてしまったのだ」


 アリエノールが呆れたようにため息をついた。


「稀人というのは本来であれば高き者、つまり大樹に住まう神々に認められた存在として歓迎されていたものだ」

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