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第10話






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 広場が静まりかえっている。

 これで終わったのだと安堵した途端、サクラは恐怖に襲われた。


「……と、ところでアリエノールさま。怖いのでそろそろ降ろしていただけませんか?」


 いまのサクラは、アリエノールに片手で腰を抱かれて宙に浮いている状態だ。

 アリエノールが翼をはためかせるたびに、グラグラと揺れて落ち着かない。


「……ほう。お前は争いの最中であっても、冷静に周囲を観察できるような者に見えていたのだがな。こんなことで取り乱すのだなあ?」


 アリエノールが口の端を上げて、ニヤリと笑う。

 サクラはその表情を見て、さっと顔を青褪めさせる。


「……ちょ、冗談ですよね? なにか変なことを考えていたりなんて……しませんよね?」


 サクラの問いに、アリエノールは笑ったままだ。

 彼女はゆっくりと息を吐くと、ひときわ大きく翼を羽ばたかせた。


「──っぎゃああああああああああ!」


 アリエノールはなにを考えているのだろうか。

 サクラにはまったく理解できない。

 アリエノールは勢いをつけて、いっきに上空まで飛び上がっていく。


「いやああああああ! ちょっと、クロビス助けてよおおおおおおおおお!」


 サクラは手を伸ばしてクロビスに助けを求める。

 しかし、クロビスは広場のすみで倒れ込んでいた。

 本当に魔力を使い切ってしまったのだろう。

 警備兵の二人が、せっせとクロビスを介抱している姿が小さくなっていく。


「ごめんなさいいいいいー! もう嫌だあああああああ!」


 サクラはアリエノールの背中に両手を回してしがみつく。

 振り落とされないように必死だった。


「いやああああ、もう無理ほんと無理ぃいいいいいぃぃいいい!」


 サクラの叫び声が城下に響き渡っているのではないだろうか。

 それくらい腹の底から声を出して、サクラは泣き喚いていた。








「ここまでくればもうよいな」


 あっという間に、アリエノールは雲の上までやってきた。


 空高くまでやってくると、風が吹き荒れているのではないか。

 サクラはそう思っていたが、雲の上は意外と穏やかだった。

 しかも、雲があるおかげで地面がまったく見えない。少しだけ気が楽になったような気がした。


「いや、もうよくないです! な、なんでこんなところまでいらっしゃったのですか⁉︎」


 サクラはすぐに思いなおして頭を横に振った。

 サクラは涙でぐしゃぐしゃの顔で、自分をこんなところまで連れてきたアリエノールを見上げる。


「それは我らのことを覗いている輩がいるからだ。はるか上空から、まるで自分が高き者にでもなったつもりでいるかのようで不快なのだ」


 アリエノールは自分に必死にしがみつくサクラに、視線を動かすように促してきた。

 促されるまま、サクラはきょろきょろと周囲を見回した。

 アリエノールの視線の先、そこには光り輝く大きな太陽を背にしてこちらを見つめている人物がいた。


「…………まさか、ベルヴェイクさま? こんなところにいらっしゃったのですか」


「ほう、あの男と知り合いか」


 サクラがベルヴェイクに問いかけると、すぐさまアリエノールが不服そうにぼやいた。


「い、いいえ。知り合いというほどのことはないのですが……」


「誤魔化さずともよい、責めてはいないぞ。ただ、私とはまだきちんと自己紹介をしていないというのにな。あの男のことは知っているのだと、嫉妬してしまっただけだ」


 アリエノールは唇を尖らせている。

 彼女はサクラの腰に両手を回して抱き締めると、無邪気な笑顔で笑う。


「私はアリエノールだ。まあ、立場なんかについてはもう知ってはいるのだろうが、改めてよろしく頼む」


「こ、こちらこそ。サクラと申します。よろしくお願いいたします」


 アリエノール姉さんやっぱり推せる、サクラは心の中でガッツポーズを決めながら挨拶を交わした。


 ──これは心が折れて引きこもりになってしまっても、そばで支えたいと思う者がいるのも頷けるわ。この少し頼りないけれど、一生懸命に頑張っている感じ、良し!


 サクラは自分が置かれている状況に恐怖するあまり、思考を捨てて現実逃避してしまった。



 すると、抱き合うサクラとアリエノールの姿を黙って見ていたベルヴェイクが、呆れたように笑った。


「あはははは! 多くの命が奪われた後だというのに、君たち二人はずいぶんと呑気なものだねえ」


 その一言で、サクラは現実に引き戻される。

 サクラは涙でぐしゃぐしゃだった顔を拭い、ベルヴェイクを睨みつける。


「そういうベルヴェイクさまも覗きをするだなんて、だいぶ呑気なことをなさっていらっしゃると思いますわよ」

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