「……新しい季節か。わたしに運べるのかな」
「あなたは異界からやってきた神、稀人なのですから。それくらいのことはできるのでしょう?」
ただの流れ人から稀人へ、クロビスのなかでサクラの存在に変化があったらしい。
まるで民俗学みたいだなと、サクラはふっと笑った。
「いや、むしろ典型的な神話かな。若者が他郷をさまよいながら数々の試練や苦難を乗り越えた結果、神になったり尊い存在になったりする物語。ああ、だからなのかな。それこそまさに王道のゲームのシナリオだものね」
サクラは妙に納得して、一人で頷いた。
そんなサクラをみつめるクロビスの目が、ほんの少しやわらいだ気がした。
「なんだか安心したような目をしているけれどね。もし、わたしが王になったら、あなたを王配に指名してやるんだからね」
わかっているのか、サクラがそう強く言うと、クロビスが目を見開いた。
クロビスは目をぱちくりとさせて、呆気にとられている。
「なにその反応。さっきは結婚を前提にって言ってくれてたのに、口から出まかせだったのね」
「……考えてもいないことでしたので、本気で驚いただけです」
そう返事をしたあと、クロビスは腕を組んだ。
「王配はご遠慮願いたいですね。せめて愛人ではいかがでしょう?」
「嫌よ。ひとりぼっちの王さまなんて無理。それに、わたしはあなたのこと好きだもん」
サクラの言葉を聞いて、クロビスが再び目頭をおさえこむ。
「……あなたという方は。こんなときにそういうことを言いますか?」
「あなたにだけは言われたくないわ。婚約者のふりっていうのはわかっているけどね。あんなにさらりと上司に向かって結婚を前提にとか、言えちゃうんだもの。あれはときめいちゃうよ」
「もうそのつもりではありませんし。本気で思っていることですから、自然と言葉が出てきただけですのでね」
クロビスが淡々と話す。
それを聞いて、サクラはからだが熱くなった。
頬が赤くなっている気がするが、残念ながら両手にパタを握っているため顔を隠せない。
「……なんだか、すごく恥ずかしくなってきたわ。いまはこっちを見ないでほしいかも」
「奇遇ですね。私もですよ」
クロビスの返事を聞いて、サクラは笑った。
「ごめんなさい。やっぱりわたしは自分が王さまになるなんて想像できないの」
「そうでしょうね。そんな気がしていました」
クロビスが穏やかな雰囲気を漂わせながら、ゆっくりと言葉を口にする。
「稀人だからと、誰だって王たるを望むわけではないのですね。私は神には心などないものだと勘違いしていたようです」
「勘違いはお互いさまだからいいの。これからはちゃんと分かり合えるように、たくさん話をしようね」
サクラはまっすぐに前を向いた。
視線の先で、アリエノールが奏多と戦っている。
自分を見失い発狂状態で暴れる奏多。
ど派手な範囲攻撃でそれに立ち向かうアリエノール。
このまま戦いが続けば、城が崩壊してしまいそうだ。
「わたしはアリエノールさまに協力する。あの方を王にするために、ご助力させていただきますわ」
これでどうかなと、サクラはちらりとクロビスを横目で見た。
仮面で表情はわからないが、クロビスはゆっくりと頷いている。
そのときに見えた彼の耳が、赤く染まっていた。
サクラはそれを口には出さず、そっと胸にしまう。
「竜王の時代、また来ますかねえ」
「アリエノールさまが王になりたいと思ったのは、偉大なご先祖さまに憧れているからなんだよね。純粋無垢な方だから、しっかりと私たちがお支えしていけたらいいんじゃないかな」