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第6話

「……新しい季節か。わたしに運べるのかな」 


「あなたは異界からやってきた神、稀人なのですから。それくらいのことはできるのでしょう?」


 ただの流れ人から稀人へ、クロビスのなかでサクラの存在に変化があったらしい。

 まるで民俗学みたいだなと、サクラはふっと笑った。


「いや、むしろ典型的な神話かな。若者が他郷をさまよいながら数々の試練や苦難を乗り越えた結果、神になったり尊い存在になったりする物語。ああ、だからなのかな。それこそまさに王道のゲームのシナリオだものね」


 サクラは妙に納得して、一人で頷いた。

 そんなサクラをみつめるクロビスの目が、ほんの少しやわらいだ気がした。


「なんだか安心したような目をしているけれどね。もし、わたしが王になったら、あなたを王配に指名してやるんだからね」


 わかっているのか、サクラがそう強く言うと、クロビスが目を見開いた。

 クロビスは目をぱちくりとさせて、呆気にとられている。


「なにその反応。さっきは結婚を前提にって言ってくれてたのに、口から出まかせだったのね」


「……考えてもいないことでしたので、本気で驚いただけです」


 そう返事をしたあと、クロビスは腕を組んだ。


「王配はご遠慮願いたいですね。せめて愛人ではいかがでしょう?」


「嫌よ。ひとりぼっちの王さまなんて無理。それに、わたしはあなたのこと好きだもん」


 サクラの言葉を聞いて、クロビスが再び目頭をおさえこむ。


「……あなたという方は。こんなときにそういうことを言いますか?」


「あなたにだけは言われたくないわ。婚約者のふりっていうのはわかっているけどね。あんなにさらりと上司に向かって結婚を前提にとか、言えちゃうんだもの。あれはときめいちゃうよ」


「もうそのつもりではありませんし。本気で思っていることですから、自然と言葉が出てきただけですのでね」


 クロビスが淡々と話す。

 それを聞いて、サクラはからだが熱くなった。

 頬が赤くなっている気がするが、残念ながら両手にパタを握っているため顔を隠せない。


「……なんだか、すごく恥ずかしくなってきたわ。いまはこっちを見ないでほしいかも」


「奇遇ですね。私もですよ」


 クロビスの返事を聞いて、サクラは笑った。







「ごめんなさい。やっぱりわたしは自分が王さまになるなんて想像できないの」


「そうでしょうね。そんな気がしていました」


 クロビスが穏やかな雰囲気を漂わせながら、ゆっくりと言葉を口にする。


「稀人だからと、誰だって王たるを望むわけではないのですね。私は神には心などないものだと勘違いしていたようです」


「勘違いはお互いさまだからいいの。これからはちゃんと分かり合えるように、たくさん話をしようね」


 サクラはまっすぐに前を向いた。

 視線の先で、アリエノールが奏多と戦っている。


 自分を見失い発狂状態で暴れる奏多。

 ど派手な範囲攻撃でそれに立ち向かうアリエノール。


 このまま戦いが続けば、城が崩壊してしまいそうだ。


「わたしはアリエノールさまに協力する。あの方を王にするために、ご助力させていただきますわ」


 これでどうかなと、サクラはちらりとクロビスを横目で見た。

 仮面で表情はわからないが、クロビスはゆっくりと頷いている。

 そのときに見えた彼の耳が、赤く染まっていた。

 サクラはそれを口には出さず、そっと胸にしまう。


「竜王の時代、また来ますかねえ」


「アリエノールさまが王になりたいと思ったのは、偉大なご先祖さまに憧れているからなんだよね。純粋無垢な方だから、しっかりと私たちがお支えしていけたらいいんじゃないかな」

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