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第5話

「……ほお、あれが発狂なのか」


 アリエノールが目を丸くして、感嘆の声をあげた。


「聞いたことはあったが、目にするのはこれがはじめてだな」


「そんな呑気なお声をださないでください」


 アリエノールは竜人だ。

 ゲーム内情報では年齢まで知ることはできなかったが、それなりの年月を生きていると思われる。

 そんなアリエノールが、少女のようにはしゃいでいる。


「心よりお願い申し上げます。我らの主として、堂々とした立ち居振る舞いをお心がけくださいませ」


 クロビスが呆れながら、アリエノールを諌めている。

 しかし、アリエノールはそんな部下の言葉を聞く気がないのか、目を輝かせた。


 その様子を見ていて、サクラはアリエノールのことを、次々に新しい物に興味を持って目移りしていく子供のようだと思ってしまった。


「だがクロビス、あれを見てみろ。あのように理性を失った者など、そうそう見られるものではないのだろう?」


「ええ、そうですね。あんな恐ろしいことに自ら手を出す者など、普通はおりませんから」


「だろうな。自分を見失うなど愚の骨頂、愚か者の極みだ。あやつはもっと自分自身に誇りを持つべきだったな」


 奏多に軽蔑するような眼差しを向け、アリエノールはふんぞり返った。

 クロビスはそんな主人を見て、頭を抱える。


「……ああ、なぜ死んだのですかロークル。私にはこの方の相手は無理です」


「なんだか、すごく大変そうだね」


 サクラが声をかけると、クロビスに恨めしそうな目でみられてしまった。

 サクラはクロビスにニコリと微笑み返しながら言葉を続ける。


「アリエノールさまってボス戦前のムービーでもしゃべらないし、フレーバーテキストとモブの会話でしか人物像を把握できなかったからなあ。なんだか意外だわ。天真爛漫な感じの方だったんだね」


「あなたまで訳のわからないことを言い出さないでください」


 クロビスはがっくりと肩を落とした。

 サクラはそんなクロビスを眺めながら、アリエノールについて書かれたフレーバーテキストを思いだす。




 『かつて君臨した偉大なる竜王の子孫

 その血筋に誇りを持ち、自分は気高く強い存在であるのだと信じていた

 だが、女は弱かった

 たった一度の敗戦で心が折れた

 死を恐れ、城に引きこもるようになった

 愛する者を失いようやく自分の愚かさと向き合った

 もう迷うことはない

 見せてやろう、竜の一族の力を』




「たしかにね。自分はすごいんだって思っていたのに、最初の失敗で心が折れちゃうってさ。そんなところに、素直なお姫さまって性格が見え隠れしていたのかも」


 サクラはそんなことをぼやきつつ、アリエノールに視線を向ける。


 ──だけど、飾り気がなくて心で思っていることが言動にあらわれる人って、怖いのよね。無邪気すぎて……。


 アリエノールは朗らかに笑いながら、手にしているハルバードを強く握る。

 赤く光る雷の力が、ハルバードに宿ってバリバリと音を立てはじめた。


「他者に対して礼を持って接しなさい。驕り高ぶらず、思いやりや共感を持つように心がけなさい。あいつにはよくそう言われたものだが……」


 アリエノールがハルバードをその場で高く掲げる。

 すると、奏多の周囲に赤い雷が落ちた。


「あのように心を無くした者にたいして寄り添う必要などないな。せめて謝罪の言葉くらいは引き出したかったが、無理そうだ」


 広場全体が揺れる。

 再び飛んでくる石畳みを武器で捌きながら、サクラは苦笑いを浮かべた。


「これ、わたしの協力って必要かなあ?」


「必要ですよ。アリエノールさまは加減を知らないのです」


 サクラのぼやきに、クロビスがすかさず言葉をかぶせてくる。


「なるほど。言われてみれば、アリエノールさまって範囲攻撃ばっかりだったかもね」


「アリエノールさまはけして悪いお方ではありません。ですが、アリエノールさまのお側にはこんこんと諭す者が必要なのです」


 そう言って、クロビスは目頭をおさえて深く息を吐く。


 クロビスはロークルの死がまだ受け入れられていないのかもしれない。

 サクラは心配になってクロビスの顔を覗きこむ。

 すると、真剣な眼差しで問いかけられた。


「あなたがアリエノールさまに新しい季節を運んでくださってもかまわないのですよ?」




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