目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第4話

「……な、なんだよそれ。おかしいだろ……」


 サクラとアリエノールは手を取り合った。

 笑顔を交わしながら握手をして、アリエノールが立ち上がったとき。

 奏多が震える声で話しだした。


「……なんでだよ。なんでさっきから敵と仲良くしてんだよ。絶対におかしいじゃん……」


 青白い顔で震えながら、奏多はサクラをぎっと睨みつけてきた。


「……お、俺は、ここにきて一年の間さ。街に来たら絶対に負けイベで死ぬかもって思ってたからさ。ず、ずっと森の中にいたんだ。たまに通りかかる行商の人とかに話を聞いたり、ときどき遠目から街の様子をうかがってみたりさ……」


 奏多の青白い顔が、話をしながらどんどんと赤くなっていく。

 彼はこの世界に来てからの苦労を思い出して、怒りが湧き上がってきているようだった。


「なんでこんな、野宿なんかして暮らさなきゃいけないんだって。なんでか俺は妙に強いからさ、森の中のモンスターには勝てるけど。でも、死にたくはないし。いくらこのあたりのモンスターには勝てたって、ここのエリアから出ていく勇気まではどうしてもなくて……」


 奏多は語気を強めて捲し立てる。

 杖を両手でギュッと握りしめて、天を仰いだ。


「たまにさ、俺らみたいに異世界人がくるんだよ。みんな自分の状況が理解できなくてポカンとしていてさ。案外ゲームの話が通じる奴はいないんだ」


 ずっとからだを震わせていた奏多が、深く息を吸った。

 彼のからだの震えがぴたりと止まる。


「……だから、利用してやったんだ。なにも知らない奴らをうまいこと誘導してさ。情報を集めたんだぜ? 敵の正確な位置、イベントの発生条件。ようやくダンジョンボスを倒せる見通しが立ったんだ」


 それなのに、奏多はそう叫んで杖を両手で持ち上げた。


「ダメだ、終わったよ。アンタのせいで台無しだよ! もうとっくにアイテムは使い切った。せっかく残っていた大樹の小枝もぶっ壊れて、武器も防具も使い物にならなくなっちまった。もうこんなところで生きていけねえよ!」


 奏多の掲げた杖の先端が光だす。

 しかし、先ほどまで彼が使っていた杖のように、青白い光ではない。


 ──魔法使いの使う魔法は色で強さや属性がわかる。青白い光は重力魔法。だけど、いまは漆黒の炎を纏っている。


 黒く光る魔法は、呪いや悪霊の力を借りた異端の魔法だ。

 相手に与える物理的なダメージは少ないが、攻撃に当たると呪いの状態異常が蓄積されてしまう。


 一定量の呪いが蓄積すると、プレイヤーキャラクターは発狂という状態になる。

 そうなってしまうと、即死級のダメージが入るため、油断ならない攻撃だ。


 しかも、呪いはガードすることができない。

 ガードで物理ダメージはカットできても、呪いの蓄積を防ぐことはできないのだ。


 サクラはアリエノールの手を離して武器を構えた。

 呪いの蓄積を減らすアイテムは持ってきていない。

 現状のサクラでは、漆黒の光は避ける以外に戦う方法がない。


「アリエノールさま! わたしが距離をつめますから、援護をお願いいたします」


 サクラは2、3発くらいなら呪いに耐えられると、攻撃を受ける覚悟だった。


 姿勢を低くして、奏多の元へ飛び込もうとした瞬間。

 奏多は漆黒に輝く杖の先端を、自分の胸に押し当てた。




「──っぐうう、ああああああああああ!」


 奏多のからだが黒い炎に包まれていく。


「な、なんだあれは。あいつはなにをしている? 自ら命を絶つつもりなのか」


 アリエノールが突然の奏多の行動に驚いて、声をあげる。

 サクラはそれに答えることはせずに、すぐさま奏多の元へ突進した。


 パタの信仰派生による特殊能力を発動させ、奏多の杖を狙う。

 しかし、サクラの攻撃は間に合わなかった。

 サクラの攻撃が奏多に届く直前、彼を包み込んでいた黒い炎が激しい爆発を起こしたのだ。 


「いまのはなんですか? なぜあの男は自らに呪いなんてかけたのでしょう」


「あえて自分を攻撃して体力を減らしたの。火事場の馬鹿力ってやつを使うつもりね。呪いを使って発狂状態になったのはきっと……」


 サクラはバックステップで奏多のもとから大きく後退する。

 体勢を立て直しているところへ、クロビスが声をかけてきた。


「火事場の馬鹿力も発狂状態も、システム上は簡単にできることだけれど……。実際に自分へ使うのにはかなりの覚悟がいることだよね」


 体力を減らして火事場の馬鹿力を使う。残り体力が少なければ少ないほど、攻撃力が上がる。

 しかも、発狂状態になっていると、さらに攻撃力が上昇するのだ。


 ──ゲーム内のキャラクターであればそうしてもなにも感じない。でも、現実の自分へそれを使うとなると耐えられないくらい痛みを感じるものね。


 奏多の目が黒く燃えている。

 ふらふらとからだが揺れている。

 もう彼の瞳に光が宿ることはないだろう。

 サクラはそんな気がした。 


「……呪いで発狂してしまえば痛みを感じない。だとしても、意識まで失うのは駄目だったんじゃないかな」



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?