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第2話

「…………な、なんでこんなところにボスがくるんだよ! おかしいだろこんなの⁉」


 アリエノールが広場に降り立った姿を見た奏多が、叫ぶように言った。


「だいたいなんでNPCに回復してもらったり、モブに守られてんの? おかしすぎるだろ!」


 奏多は頭を掻きむしって、地団駄を踏んでいる。

 ゲーム内でのアリエノールは、城の奥深くの部屋に引きこもったまま、外へは出てこない。

 奏多にとっては、想定外すぎる事態なのだろう。


 とはいえ、サクラにとってもアリエノールが姿をみせたのは、予期せぬ出来事であることは間違いなかった。

 ゲームでのシナリオとは別に考えても、この城内でもっとも立場が上である人物が、最前線に出てくるなんて普通は思わない。


「なんだ、おかしな奴だな」


 アリエノールは奏多を眺めながら、吐き捨てるように言った。

 すると、奏多は真っ青な顔でガタガタ震え出す。


 ──まあ、わたしが彼のメイン武器の杖を壊しちゃったからなあ。あのサブ武器じゃ高速詠唱とか無詠唱で魔法は使えないだろうし。そうなってくると、大ボスのアリエノール相手に無傷で勝つってのはさすがに厳しいものがあるものね。


 いまの奏多の武器では、アリエノールの範囲攻撃である竜雷から身を守ることすら手一杯だったようだ。

 サクラが切りつけた箇所などわからないくらいに、ローブがボロボロになっている。

 奏多には、さきほどまでの威勢はどこにもなかった。すっかり怯えきってしまっている。


 いまの奏多にとっての最善は、アリエノールに許しを請うか、逃げるか、その二択しかないように思う。

 しかし、アリエノールの側近である親衛騎士の隊長を殺したことが、簡単に許されるとは思えない。


 アリエノールとロークルがただの主従ではなく、恋愛関係であったからなおさらだ。

 しっかりとフレーバーテキストを読み込んでいれば、知ることのできる情報であるうえ、ロークルの末期の言葉からも推察できる。


 上司としても恋人としても、奏多の行為は許されるものではない。


 かといって、奏多のステータスでアリエノールから逃げ切ることも難しいように思う。

 やはり一か八か、まずは謝罪をするのが奏多にできることなのではないだろうか。




 アリエノールの佇まいから、奏多に対する相当の怒りを感じる。

 彼女は自分の高ぶる感情を落ち着けるためか、ゆっくりと深呼吸をしている。


 サクラはそんなアリエノールの姿を黙ってみつめていた。

 すると、アリエノールはなぜかこちらを振り返り、視線をサクラに向けてきた。 


「しかし、クロビスがそこまでするような者がいたとはな。なぜ私に紹介してくれなかったのだ?」


「うふふふふふふ……」


 ここはクロビスの婚約者として、彼の上司にあたるアリエノールに挨拶するべきなのか。

 サクラは真剣に悩んでしまう。

 しかし、いまこの場ですることなのかという疑問を激しく感じ、曖昧に笑うことしかできなかった。


 サクラは対処に困り果て、クロビスの服の裾を掴んで助けを求める。


「こちらの方とは結婚を前提に、真剣にお付き合いをしています。いずれはアリエノールさまにもご報告しておりましたよ」


「ふん、どうだかな。お前のことだ、結婚してからしれっと事後報告だったろうよ」


「あなたが交際を公にしづらい者と親しくなさっていらっしゃるので、こちらとしてはご報告しにくいんですよ」


「──ちょ、ちょっと! なにを言ってんのよ」


 クロビスがずけずけとアリエノールにもの申している。

 なんてことを言うのだと、サクラは驚いてつい声が出た。


 そばにいる警備兵の二人にいたっては、完全に聞こえないふりをしている。

 というより、気配すら消してこの場に自分たちはいないものとしてくれとアピールしているようだった。


「……そうだな。さっさと公にしてしまえばよかった。誰になにを言われようと、堂々としていればよかったのだ。いまさらもう遅いがな」


 アリエノールは手にしていたハルバードを強く握りなおす。


 それから、アリエノールはサクラに向かって片膝をついた。


「自分で後始末をつけると言いたいところだが、私は竜の一族だというのに争いごとが苦手でな。できることならば、巡り神のご一族の方にご助力いただけないだろうか?」

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