じゅっと、肌の焼ける音がした。
首筋に当てられた青白く輝く杖の先端が熱い。
──これは、まずいな。どうにか、しないと……。でも、痛くて、なにも考えられない。
サクラは痛みに顔を歪める。
とにかく時間を稼がなければ、そう思ったサクラは、目の前に立つ奏多を見上げて声をかけようとする。
「──っぐう、うう……あ、ああ」
「へへ、形勢逆転だな。さっさと俺を殺さなかったこと後悔するんだな」
サクラの口から出てきたのは、言葉ではなくうめき声だった。
そんなサクラを見下ろしながら、奏多は得意げな顔をしている。
うまくサクラを出し抜いたことが、奏多はよほど嬉しいらしい。
ひと思いに殺せばよかったのにそうはしなかっただけあって、楽しそうに苦しむサクラを眺めている。
「マルチ報酬アイテムが手に入るのかどうか知りたかったけど、いままで機会がなかったんだよな。マジでラッキーだったわ」
「……奏多くん、どうして?」
これ以上は苦しむ姿をみせるまい。
サクラは根性でどうにか呼吸を整えた。
しっかりと言葉を口にすると、奏多を睨みつけながら問いかける。
「どうしてもなにも、ここは生き残った奴が王になる世界じゃん。なら生き残らなきゃさ」
「そうだね。わたしだって、死にたくはないもの」
サクラは首筋に当てられている杖の先端を掴んだ。
手のひらが焼ける匂いがして、むせそうになる。
「……っ生きて、平和に暮らしていたいもの」
サクラは杖の先端を力の限りぎゅっと握り込む。
手のひらが熱い。痛くて意識が飛びそうになるが、必死に耐えた。
「私は死なない。絶対に、死にたくない!」
サクラが握っていた杖の先端がミシミシと音を立てる。
そこでようやく、奏多は異変に気がついた。
「──はあ⁉ こんなのありかよ。っクソ、離せってええええ!」
「だてに筋力ステータスをカンストさせてないってのよ。馬鹿力を舐めないで!」
ピキッと小さな音がした。
奏多の持っている杖の先端にある宝石に、ひびが入った音だった。
ピキピキと、音は鳴り続ける。
すると、杖の先端の輝きが、どんどん小さくなっていく。
奏多はサクラから杖を引き剥がそうと、必死にもがく。
しかし、筋力ステータスカンストのサクラに、彼が敵うはずがない。
「クソが! もういい、さっさと死ね!」
光が完全に消えると、奏多は持っていた杖を諦めた。
彼は新しい杖を取り出して詠唱をはじめる。
もともとの杖に比べたら格段に性能は劣るが、いまのサクラにとどめを刺すには十分すぎるほどのものだ。
「……用意周到だなあ。もう一本あったなんてね……」
サクラは杖の先端についていた宝石を完璧に握りつぶす。
それと同時に、からだからすっと力が抜けていった。
サクラは両手を地面についた。
なんとか倒れ込まないようにと耐えるが、時間の問題だと覚悟した。
「…………死にたく、ないなあ…………」
奏多の唱えている魔法。
聞き覚えのある攻撃魔法の詠唱が、もうすぐ終わる。
サクラが生きることを諦めて目を閉じようとしたとき。
広場の上空全体にバリバリと激しい音が鳴り響いた。
次の瞬間、サクラの目の前に赤い雷が落ちた。
━━ドオオオオオオン!
激しい轟音と共に、地面が大きく揺れる。
ものすごい熱量の雷が近くに落ちたことで、サクラは吹き飛ばされた。
耐えられるだけの体力は、もう残っていなかった。
地面に叩きつけられる。
そうしたら生きていられるかわからないなと、サクラは冷静に考えていた。
「まだ生きてますね?」
サクラが地面に叩きつけられる寸前、誰かに抱きとめられた。
声ですぐにクロビスだと気がついた。
「……生きてるけど、限界が近いかも……。でも、あなたの腕の中で死ねるならそれもいいな」
「馬鹿なこと言わないでください。私を一人にする気ですか?」
クロビスの怒気をはらんだ声色に、サクラはハッとする。
彼の顔を見ると、いまにも泣き出しそうな目をしていた。
「……ごめんなさい。弱気になっちゃった」
「安心してください。私の腕は救うためにあるんです」
クロビスはそう言うと、サクラをそっと地面に寝かせた。
「回復魔法を使います。大がかりになるので、私はサクラのこと以外に注意を払えません。頼めますね?」
クロビスはサクラを見つめたまま言った。
すると、すぐ近くから二人分の返事が聞こえた。
「お二人の安全の確保は我々にお任せください!」
「どうか軍医殿は詠唱に集中してくださいませ」
顔は動かせなかったが、サクラは警備兵の二人だとすぐに気づいた。
「……人助けは、しておくもの、だね」
「もう喋らないでください。あなたは治療をうけることだけに集中して」
クロビスは言い終わるやいなや、回復魔法の詠唱をはじめる。
信仰系魔法の中でも、最高位の回復魔法。
そんなものが使えたのだと、サクラははじめて知った。
「……すごいね。この魔法の習得、大変だったよね」
血の滲むような努力をしただろう。
そうまでして得た力を使って命を助けても、戦争のせいで失ってしまう。
何度も同じことが繰り返し起こり、それが日常になってしまったら、気が狂いそうなほど苦しい。
「わたしは死なないから。あなたと一緒に生きるからね」
サクラはクロビスの仮面に手を伸ばす。
この仮面に刻まれていた言葉を、サクラは心にしっかりとどめる。
「あなたもわたしを一人にしないでね」
サクラが伸ばした手を、クロビスがぎゅっと握ってきた。
詠唱中のクロビスは、サクラの言葉に返事をしなかった。
だが、サクラは強く握られた手から伝わってくる温もりが、彼からの答えだと受け取った。