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第8話

 じゅっと、肌の焼ける音がした。

 首筋に当てられた青白く輝く杖の先端が熱い。


 ──これは、まずいな。どうにか、しないと……。でも、痛くて、なにも考えられない。


 サクラは痛みに顔を歪める。

 とにかく時間を稼がなければ、そう思ったサクラは、目の前に立つ奏多を見上げて声をかけようとする。


「──っぐう、うう……あ、ああ」


「へへ、形勢逆転だな。さっさと俺を殺さなかったこと後悔するんだな」


 サクラの口から出てきたのは、言葉ではなくうめき声だった。

 そんなサクラを見下ろしながら、奏多は得意げな顔をしている。


 うまくサクラを出し抜いたことが、奏多はよほど嬉しいらしい。

 ひと思いに殺せばよかったのにそうはしなかっただけあって、楽しそうに苦しむサクラを眺めている。


「マルチ報酬アイテムが手に入るのかどうか知りたかったけど、いままで機会がなかったんだよな。マジでラッキーだったわ」


「……奏多くん、どうして?」


 これ以上は苦しむ姿をみせるまい。

 サクラは根性でどうにか呼吸を整えた。

 しっかりと言葉を口にすると、奏多を睨みつけながら問いかける。


「どうしてもなにも、ここは生き残った奴が王になる世界じゃん。なら生き残らなきゃさ」


「そうだね。わたしだって、死にたくはないもの」


 サクラは首筋に当てられている杖の先端を掴んだ。

 手のひらが焼ける匂いがして、むせそうになる。


「……っ生きて、平和に暮らしていたいもの」


 サクラは杖の先端を力の限りぎゅっと握り込む。

 手のひらが熱い。痛くて意識が飛びそうになるが、必死に耐えた。


「私は死なない。絶対に、死にたくない!」


 サクラが握っていた杖の先端がミシミシと音を立てる。

 そこでようやく、奏多は異変に気がついた。


「──はあ⁉ こんなのありかよ。っクソ、離せってええええ!」


「だてに筋力ステータスをカンストさせてないってのよ。馬鹿力を舐めないで!」


 ピキッと小さな音がした。

 奏多の持っている杖の先端にある宝石に、ひびが入った音だった。

 ピキピキと、音は鳴り続ける。

 すると、杖の先端の輝きが、どんどん小さくなっていく。


 奏多はサクラから杖を引き剥がそうと、必死にもがく。

 しかし、筋力ステータスカンストのサクラに、彼が敵うはずがない。


「クソが! もういい、さっさと死ね!」


 光が完全に消えると、奏多は持っていた杖を諦めた。

 彼は新しい杖を取り出して詠唱をはじめる。

 もともとの杖に比べたら格段に性能は劣るが、いまのサクラにとどめを刺すには十分すぎるほどのものだ。


「……用意周到だなあ。もう一本あったなんてね……」


 サクラは杖の先端についていた宝石を完璧に握りつぶす。

 それと同時に、からだからすっと力が抜けていった。


 サクラは両手を地面についた。

 なんとか倒れ込まないようにと耐えるが、時間の問題だと覚悟した。


「…………死にたく、ないなあ…………」


 奏多の唱えている魔法。

 聞き覚えのある攻撃魔法の詠唱が、もうすぐ終わる。


 サクラが生きることを諦めて目を閉じようとしたとき。


 広場の上空全体にバリバリと激しい音が鳴り響いた。

 次の瞬間、サクラの目の前に赤い雷が落ちた。



 ━━ドオオオオオオン!



 激しい轟音と共に、地面が大きく揺れる。

 ものすごい熱量の雷が近くに落ちたことで、サクラは吹き飛ばされた。 

 耐えられるだけの体力は、もう残っていなかった。


 地面に叩きつけられる。

 そうしたら生きていられるかわからないなと、サクラは冷静に考えていた。


「まだ生きてますね?」


 サクラが地面に叩きつけられる寸前、誰かに抱きとめられた。

 声ですぐにクロビスだと気がついた。


「……生きてるけど、限界が近いかも……。でも、あなたの腕の中で死ねるならそれもいいな」


「馬鹿なこと言わないでください。私を一人にする気ですか?」


 クロビスの怒気をはらんだ声色に、サクラはハッとする。

 彼の顔を見ると、いまにも泣き出しそうな目をしていた。


「……ごめんなさい。弱気になっちゃった」


「安心してください。私の腕は救うためにあるんです」


 クロビスはそう言うと、サクラをそっと地面に寝かせた。


「回復魔法を使います。大がかりになるので、私はサクラのこと以外に注意を払えません。頼めますね?」


 クロビスはサクラを見つめたまま言った。

 すると、すぐ近くから二人分の返事が聞こえた。


「お二人の安全の確保は我々にお任せください!」


「どうか軍医殿は詠唱に集中してくださいませ」


 顔は動かせなかったが、サクラは警備兵の二人だとすぐに気づいた。


「……人助けは、しておくもの、だね」


「もう喋らないでください。あなたは治療をうけることだけに集中して」


 クロビスは言い終わるやいなや、回復魔法の詠唱をはじめる。

 信仰系魔法の中でも、最高位の回復魔法。

 そんなものが使えたのだと、サクラははじめて知った。


「……すごいね。この魔法の習得、大変だったよね」


 血の滲むような努力をしただろう。

 そうまでして得た力を使って命を助けても、戦争のせいで失ってしまう。

 何度も同じことが繰り返し起こり、それが日常になってしまったら、気が狂いそうなほど苦しい。


「わたしは死なないから。あなたと一緒に生きるからね」


 サクラはクロビスの仮面に手を伸ばす。

 この仮面に刻まれていた言葉を、サクラは心にしっかりとどめる。


「あなたもわたしを一人にしないでね」


 サクラが伸ばした手を、クロビスがぎゅっと握ってきた。

 詠唱中のクロビスは、サクラの言葉に返事をしなかった。

 だが、サクラは強く握られた手から伝わってくる温もりが、彼からの答えだと受け取った。

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