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第3話

 油断していた。

 プレイヤーならば、ここでクロビスと対立するはずがないと思い込んでいた。


「────っふざけんなあああああああああ!」


 サクラは一瞬で魔法使いの男との距離をつめた。

 クロビスから杖を引き抜いた魔法使いの男めがけて、おもいきり剣を叩き込む。


 だが、一気に距離をつめたとはいえ、広場の入り口からでは遠すぎた。

 魔法使いの男はサクラの突進に気がつき、ぎりぎりのところで攻撃をかわす。

 男が身に着けていたローブの生地が、サクラの攻撃ですぱっと切れた。


 魔法使いの男は、慌ててサクラから距離をとる。

 遠距離攻撃特化の純魔法ビルドの魔法使いだ。

 近距離戦闘特化の脳筋ビルドのサクラであれば、そのまますぐにあとを追えば殺せたかもしれない。


 しかし、サクラはクロビスを放ってはおけなかった。

 体制を崩してゆっくりと地面に倒れていく彼のからだを、抱きしめるようにして受けとめた。


「──おっと! ちょっとあなた大丈夫、なわけないか」


 サクラは慌ててクロビスのからだをしっかりと支える。

 そのままそっと丁寧に地面へ寝かせると、声をかけた。


「生きてる? まだ生きてるよね⁉︎」


「………………っ、サクラ、さん…………?」


「ああ、しゃべらなくていいから。とりあえずさっさとコレを飲んで。話はそれからにしましょう」


 サクラはアイテム鞄の中から回復瓶を取り出すと、すぐに蓋をあけてクロビスの口に突っ込んだ。

 クロビスのお腹のあたりには、魔法使いの男に刺されてできた大きな穴があった。

 その穴があっという間にふさがり、クロビスは深くため息をついた。


「……はあ、あなたこんな規格外の回復薬を持っていたのですか?」


「残念だけど、その規格外の回復薬はあと一本しかないのよねえ」


「それならば私などには使わずに、とっておいたらよかったではないですか。貴重な品をいただいても、私はなにもお返しできませんよ?」


「そういうわけにはいかないでしょ。悪態つけるならもう平気ね」


 上半身を起こしたクロビスを見て、サクラはほっと胸を撫でおろす。

 そのまま彼の肩に額を擦りつけると、大きく息を吸った。

 クロビスはよほどこの場に慌てて駆けつけてきたのだろう。

 少し汗くさい匂いがした。


「……生きてて安心した。あなたのこと、頼りにしてるんだから……」


「そりゃどうも、ありとうございます。おかげさまでございますよ」


「それにね、わたしのことを拝みだしたり、女神さまだとか言い出さなくてよかったわ」


「……どうしました? 頭がおかしくなりましたか」


「なってないもん。……よし、チャージ完了!」


 サクラは気持ちを切り替えて立ち上がる。

 そんなサクラの様子を、クロビスは顔をしかめて見つめていた。


 サクラはクロビスに背を向けると、魔法使いの男に視線を向ける。

 サクラに視線をむけられた魔法使いの男は、すっと杖を構えた。

 しかし、サクラは武器を構えずに背筋を伸ばすと、相手に向かって片手をあげた。


「こんにちは!」


 サクラは元気よく相手に向かって挨拶をする。

 途端に、魔法使いの男の顔色が変わった。

 彼は構えていた杖をおろすと、ぴしっと背筋を伸ばした。


「こんにちは」


 魔法使いの男は両手を前にして、腰を90度にまげてお辞儀をした。

 それを見て、サクラの顔色も変わる。


 ──挨拶のジェスチャーをしたら、ご丁寧に挨拶を返してくれる。対人戦闘経験ありのマルチプレイヤー確定だわね。


 このゲームはソロプレイが基本となる。

 しかし、オンラインに接続時のみ、最大4人でのゲームプレイが可能だった。


 ──だけど、複数人でマルチ攻略中にかぎり、それを妨害するために他プレイヤーが敵対者として侵入してくるのよね。それで、対峙したときにこうして挨拶を交わすのが暗黙のルールみたいになっていたの。


 侵入は他プレイヤーの世界に入り込み、対戦するオンラインマルチプレイの一種だ。

 決められた場所に決められた装備で配置されているモブ敵とは違い、多種多様なビルドを組んだ相手と思いがけず戦うことになる。

 とっさの判断力が求められることになるのだ。

 それに慣れたプレイヤーであればあるほど、当然ながら対人戦闘スキルが高い。


 ──マルチ経験なしのプレイヤーだったらよかったのになあ。対人戦闘の心得があるプレイヤー相手だと、戦闘が長引きそうだわ。


 やっぱり回復瓶はあるだけ持ってくればよかったと、サクラはほんの少しだけ後悔した。

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