「………………………………アリエ、ノール…………」
間に合わなかった。
サクラが広場にたどり着いたとき、そこに立ち塞がっているはずの親衛騎士の姿はなかった。
「……ロークルさま……」
サクラが目にしたのは、地面に倒れたロークルの姿だった。
全身を焼かれ、ボロボロの姿をしていた。
ゲームをプレイしていたときに、何度も見た光景だった。
ボスを倒したという喜びはない。
この光景を見て、これほど胸を締め付けられる日がくるだなんて、誰が想像できただろうか。
ロークルは地面に伏したまま、最後に愛しい者の名前を口にする。
サクラにはそれで、ロークルの命の灯火は消えたと理解できた。
しかし、諦めていない者がいた。
地面に倒れたロークルに近づく影があったのだ。
「──っクロビス? なにをしているのよあの人は……」
クロビスは倒れたロークルに駆け寄りながら、回復魔法を唱えている。
淡い光がロークルのからだを包む。
しかし、当然ながらすでに息絶えているロークルが起き上がるわけもない。
クロビスは必至の形相で回復魔法を唱え続けている。
そんなクロビスを眺めながら、首をかしげて不思議そうな顔をしている者がいた。
倒れたロークルのすぐ近くに、人が立っているのだ。
「へえ、まさかアンタをこんなところでみかけることになるとはね」
ここは城門を通り抜けた先、領主の住む城の中だ。
襲撃者を知らせる鐘の鳴ったあと、兵士しかいないはずの空間だ。
だというのに、その人物はこの領地の兵士や騎士の恰好をしてはいない。
「ふむ、いかにも魔法使いってコーディネートね。ステ振りが変態じみているわりには、無難にまとめているじゃないの」
事切れたロークルの傍ら、そこに立っている者。
その人物は先ほど警備兵から聞いた姿、そのままの男だった。
男が身に着けている装備品。
つばの広い三角にとがった帽子、先がほんの少しだけ折れ曲がっている。
地面につきそうなほど長いローブを身にまとい、先端に大きな宝石がはめ込まれた杖を手にしている。
どこからどう見ても、古典的な魔法使いのスタイルだ。
男は回復魔法を唱え続けるクロビスに、あっけらかんとした様子で声をかけた。
「もう少しアンタとおしゃべりできるのかと思っていたのに、最初に会ったっきりになっちまってさ。けっこう困ってたんだぜ?」
「…………そんなことは知りませんよ。あなたが勝手にどこかへ行ったんじゃないですか」
魔法使いの男に話しかけられ、クロビスはようやく回復魔法を唱えることをやめた。
ぐっと拳を握り、肩を震わせながら男と言葉を交わす。
「ふうん。そんなにそっけないんだ?」
「もともと親しくするつもりなんてありませんよ」
「ほんとに冷たいね」
魔法使いの男は、サクラの存在には気がついていない。
せっかくだと、サクラはもう少し男の情報を知ることができないかと思った。
サクラは気配を消して、魔法使いの男とクロビスの会話を見守ることにした。
「……でも、やっぱりあの人ってば、いろんな稀人に声かけてたのねえ。まあ、そういう役割のキャラクターだったしね」
サクラはついため息がもれてしまった。
私以外の稀人に入れ込むなと、クロビスに対してもやっとした気持ちになる。
まさかこんな思いを抱く日がこようとは、これもまったく想像ができなかった。
サクラは肩をすくめながら、もういちどため息をついてしまう。
「私はあなたに王となることを望みましたが、仲間を殺してくれとは頼んでいません。どうして、どうしてこんなことをなさったのですか⁉」
「……うわ、面倒くさ。もう少し色々とヒントをくれたりするのかと思っていたのにな。だったら別にここでお別れでもいっかな」
魔法使いの男が手にしている杖の先端が光った。
次の瞬間、男は杖を振りかぶり、光がクロビスのからだを貫いていた。
「別にここで敵対するつもりもなかったけど。ヒントなんてもらえなくても、もう知っているしな」