──とりあえず、まずは屋根の上にのぼろう！

　玄関を飛び出したサクラは、すぐにクロビス邸の屋根の上に飛びのった。

　以前にできなかった、上から周辺の様子を確認するという手段を、実行に移したのである。

「……簡単にできそうだなとは思っていたけど、本当にできたわね」

　サクラは屋根の上から、街の様子を眺める。

　城ほどの高い建物ではないが、それでもクロビスの屋敷は大きい。

　この街のメイン通りの様子は、しっかりと窺うことができた。

「さっきの鐘の音で、街の住民たちはみんな家の中に避難したのね。兵士の姿はちらほらあるけれど……」

　基本的に、ゲーム内ではプレイヤーキャラクターは壁をのぼることができない。

　それどころか、一見すると障害物はないように見えても、見えない壁が存在していて、先に進めないこともある。

　それはゲームというものの性質上、しかたのない部分である。

　開発側が作り込んでいる要素の中でしか遊べないのは、当然のことだ。

　都合よく梯子が用意されている場所以外、プレイヤーが屋根の上を探索することは不可能なのである。

　一部の上級魔法で浮遊することはできるが、建物の屋根の高さほどのぼることは、ゲーム内ではどうやっても無理だった。

「これは現実だからできることよね。特に私は筋力のステータスをカンストしているし。その気になれば壁くらい平気でよじのぼれるわ」

　ゲーム内での負けイベントは、この街のメイン通りを進んでいると起きる。

　サクラはてっきり、襲撃してきた稀人はこの通りで戦っているものだとばかり思っていた。

「兵士の数が少なすぎる。それに、昨日の襲撃でまだ街の中は復興作業中だったはずだよね……？」

　稀人の姿が見当たらない。

　それどころか、兵士の姿もほとんどない。

　稀人の襲撃を知らせる鐘の音が鳴ったというのに、先ほどまで街の中で戦っていたという雰囲気すらない。

「まさか、昨日の戦闘のせいで街の中での迎撃体制が整えられないから、防衛ラインを城の方まで下げた？」

　サクラは慌てて隣家の屋根に飛び移った。

　そのまま次から次へ隣接する家の屋根に移動して、城の方角へ向かう。

「やっぱり、防衛ラインを下げたんだ。城へ近づくにつれて……」

　おそらく稀人と戦って敗れたのだろう。

　ちらほらと兵士の遺体が、通りに転がっている。

「だけど、どうして負けイベントが起きてないの？　まさか、迎え撃つ側の準備が整ってないからイベントの発生条件が満たせてなかったとか……」

　サクラの頭の中に、嫌な考えがよぎる。

　──これがベルヴェイクの入れ知恵じゃなくて、以前から用意周到に準備していた作戦だとしたら……？　負けイベントを回避するにはどうしたらいいのか、検証を重ねた上での襲撃を実行しているプレイヤーがいるとしたら……。

　サクラの背筋に冷たいものが走る。

　ベルヴェイクと出会ったことが衝撃的すぎて、サクラはなにもかもを彼に結びつけて考えてしまっていた。

　──もしもプレイヤーなら。いいえ、なんであれ、私は守りたい人を守るだけよ。