サクラがベルヴェイクに見せられた、水面に映った負けイベントの場面。
あのときの稀人は、キャラクリ時に選んだ武器を所持していた。
ならば、あの稀人はプレイヤーではなかった可能性が高い、サクラはそう思っている。
「きっと私とは違う世界から転生してきたってことなんだろうな。もしくは、事態を悪化せることで定評のあるどこかの元王子に、この世界にきたときに持たされたとか。これはさすがに飛躍しすぎかな? いや、なにもかもが憶測の域を出ていないのだけど……」
サクラはぶつぶつと独り言をつぶやきながら、はじめてクロビスに声をかけられた場所まで戻ってきた。
「とにかく! 周回プレイヤーかそうでないかの違いが、この世界にやってきた稀人たちに適応されている可能性があるっていうのが重要なのよ」
すでに熊の亡骸は無くなっている。
あれだけ大きな熊だったのだ。三か月もあれば、森の中の獣たちのよい食糧になったのかもしれない。
しかし、崩れ落ちた崖の残骸はまだころがっている。
ここがクロビスとの出会いの場で間違いはない。
「私が武器を持っていなかったのも、異様に力強いのも、周回データを引き継いでいるプレイヤーだから。これが正しい考えなのかどうか、早く確かめないといけないわ」
プレイヤーは初見時でも周回中でも、クロビスとの会話を終えたあと、基本的にはまっすぐに街へ向かう。
その道中、最短ルートから少し逸れた場所に、水たまりに囲まれた淡く光る大樹の挿し木が存在している。
サクラは初めてこの世界に来た日、クロビスと共に森を抜けて街へむかってしまった。
恐怖が頭の中を支配していて、森の中にあるはずの光る木を探そうとする考えが一切なかった。
「城の中のファストトラベルポイントがゲーム内と同じ場所にあったんだもの。きっと暗礁の森のファストトラベルポイントだってある気がする」
サクラはゲーム内の記憶を頼りに、森の中を進む。
崩れ落ちが崖の残骸から10分ほど歩いたころ。
森の奥に光を放つなにかがあるのが見えた。
「それにしても、ヴァルカさんにこれ借りてきてよかったわ」
サクラは胸につけたカメオを握る。
カメオには竜王の姿が彫られている。
これを身に着けていると、街周辺に住むモンスターはいっさい襲ってこない。
かつてこの地域のモンスターたちを力でねじ伏せた竜王の加護がカメオには宿っているのだそうだ。
「こんな便利なものがあるならゲーム内でも欲しかったな。この世界の人だけの特別なアイテムって感じでいいよね」
サクラは森の奥で光を放つ木の場所までやってきた。
そこは霧の濃い森の奥深く、寂れた廃教会の中だ。
「やっぱりあった。二周目以降はここまでこないと装備変更のメニュー画面がでないのよね」
周回プレイヤーが暗礁の森のファストトラベルポイントである光る木にやってくる。
すると、コマンド選択の画面が出てくる。
『ゲームクリア時の装備に着替えますか?』
もちろん答えはYES。
それで初期装備の布の服から、ボタンひとつで最新装備に着替えることができる。
もちろん、現実となってしまうと、ボタンひとつとはいかない。
なぜかサクラがゲームクリア時に身につけていた装備品たちは、光る木のまわりにぷかぷかと浮いている。
領主の城に行ったとき、扉に描かれていた装備品たちだ。
「三か月もずっとこうだったのかな? どうしてここにあるのかとか、なぜ浮いてるとか、深く考えたら負けな気がする。これはもうぜんぶ大樹の加護ってことで納得しよう」
大樹の信仰系魔法なんて使えないけど、とサクラは心の中で付け加える。
「ここに武器と防具、それからアイテム鞄が揃っているなら、やっぱり周回データは引き継いでる。とりあえず、これでなんとかなるかもしれない」
サクラは手を伸ばして武器を手にとった。
その瞬間、頭の中にこの武器を使ったからだの動かし方が浮かんでくる。
サクラは両手にパタを持ち、その場で刃を振った。
実際に身につけるのははじめてなのに、不思議なほど手に馴染んでいる。
「……大樹の加護。適当に言ってみたけど、良い言葉かもしれないわ」
これで戦うための最低限の備えはできた。
「王になるためじゃない。……私は、私の守りたい人のためなら剣を振るう」