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第1話








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 薄暗い森の中に、サクラは立っている。

 周囲には霧が立ち込めていて、遠くまでよく見えない。


 ここは「暗礁の森」の中だ。

 サクラはゲームのスタート地点からやり直そうと思い、ここまで戻ってきた。


 まさにいまのサクラの状態は、暗礁に乗り上げてしまっている。

 物事が行き詰まってお手上げ状態だ。

 皮肉なものだなと、サクラはひとり深い森の中で自嘲気味に笑う。


「……まあでも、ね。最初からやり直しなんて、ゲームじゃよくあることだもの。こちとらこのゲームを何回も周回プレイだってしてたってのよ」


 サクラは強がって声を出す。

 もうゲームとは違うと理解はできているが、そうでもしなければ恐ろしくて先に進めない。

 からだが震えてしまいそうなのだ。


「ベルヴェイクがいつまたちょっかい出してくるかわからないもん。なら、ある程度は備えておかなきゃいけないはずだよね」


 水面に映った稀人の戦闘の様子。

 あれを見ていて、サクラは気がついたことがある。


 水面に映っていた異世界からやってきた流れ者。

 その彼は、ゲーム開始前のキャラクタークリエイトキャラクリのときに選べる武器を手にしていた。


 対して、サクラは武器を持っていない。

 この世界に来たときに、サクラの服装はありきたりな布の服であった。

 まさしく、ゲームの初期装備そのものだったはずだ。


 しかし、サクラはキャラクリのときに選んだはずの最初の武器を所持していた記憶がない。


「うすうす感じてはいたんだけどね。私の馬鹿力って、周回データを引き継いでいるんじゃないかってさ」



 周回プレイ。

 それは、ゲームをクリアした後に、もういちどクリアを目指して最初からプレイすることだ。


 そして、周回データを引き継いでいるとは、なんども同じゲームをクリアすることで得られたステータスや武器、アイテム等を所持したままゲームの再プレイができることだ。

 いわゆる「強くてニューゲーム」というやつである。



「このゲームのデータ引き継ぎって、どういうわけか最初のタイトルロゴムービーまでは、プレイ一周目の初期装備状態に戻されているのよね」


 多くのロールプレイングゲームにおける周回プレイに入るときのデータ引き継ぎは、クリアした時に身につけていた装備品そのままの状態で再スタートできる。


 しかし、このゲームは違った。

 ゲームが開始されて最初のムービー、つまりクロビスと出会って会話を終えるまでは、ありきたりな布の服に強制的に戻されてしまうのだ。


 おそらく開発側のこだわりなのだろう。

 なにもできずに熊から逃げ回るという演出的な都合上、みすぼらしい服装が絵面的によいと思っているのかもしれない。

 その方がクロビスの台詞「流れ者」とも、違和感が少なくなるような気がする。


「だからってプレイヤー側からしたら迷惑極まりないのよね。クロビスとの会話後にいちいちメニュー画面を開いてさ、キャラクターに防具の装備させ直しになるから」


 しかも、初期装備に戻るといっても、プレイ一周目と二周目以降ではちょっとした違いがある。

 それがキャラクリ時に選んだ武器を所持しているか、いないかの違いだ。


「このあたり、ベルヴェイクは知らないのかもね。だからプレイヤーって言葉で鎌をかけてきたのかも」


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