「ヴァルカさん。こんなところにいたのですね」
自室で着替え終えたサクラは、家の中にいるはずのヴァルカを探した。
食堂から洗面所、応接室までくまなく見てまわる。
しかし、どこにもヴァルカの姿はなかった。
サクラはもしやと思った。
その場からきびすを返し、屋敷の奥へと向かった。
「……うわあ、さすがノルくんの部屋ですね。ごちゃごちゃでなにがどこにあるのか、さっぱりわからないわ」
ヴァルカはノルウェットの部屋にいた。
乱雑に物が置かれた部屋の中、唯一ベッドだけはからだを横にできるだけの空間がある。
ヴァルカはベッドの端にそっと腰かけて、虚ろなまなざしをしていた。
「……あの子はそそっかしかったですからね。見てくださいませ。読みかけの本が開いたまま、机の上に置きっぱなしなのですから」
「うーん。私もガサツな方だけど、開いたところが癖になっちゃうからコレはやらないなあ」
「ふふふふ、わかりますわ。でも、ノルウェットさまはいくら言ってもなおりませんでしたのよ」
ヴァルカは目を細めて部屋の中を眺める。
「まさかまさか、ですわ。あの子が私よりも先にいなくなってしまうだなんて」
「…………………………………………」
かける言葉がみつからない。
サクラは黙ったまま、ヴァルカの隣に腰かけた。
背中を丸めて小さくなっているヴァルカの手の上に、そっと自分の手を重ねる。
「いまは、いまはまだ、こんなことを言うべきではないのかもしれませんが……」
ヴァルカはからだを小さく震わせていた。
彼女はゆっくりと深呼吸をして震えをおさえてから、サクラを見上げてきた。
「安心しましたわ。これからは旦那さまのおそばにサクラさまがいてくださるのですから」
ヴァルカと視線がぶつかる。
サクラは苦笑いするしかなかった。
「ありがとう。そう言ってくれるのは、私を信用してくれているからだものね。すごく嬉しいわ」
サクラは重ねていただけのヴァルカの手をぎゅっと握り込んだ。
「私は外に出ようと思うの」
「なぜですか! まさか、この家を出ていくおつもりなのですか⁉︎」
ヴァルカが目を見開いた。
すっと顔を青ざめさせて、サクラの肩に手を置く。
がたがたとサクラのからだを揺さぶって、訴えてくる。
「サクラ様までいなくなってしまっては! あの方のお心は壊れてしまいますわ!」
「落ち着いてヴァルカさん。わたしはこの家を出ていくわけじゃないの」
サクラは肩に置かれたヴァルカの手を握りしめ、頭を横に振った。
「クロビスにはもう話してある。彼は認めてくれたわ」
サクラがこのままクロビスの家の中で過ごす生活を送る。
できることなら、サクラだってそうしていたいと思う。
王になんてなりたくない。
玉座なんて望んではいない。
それに関する争いになんて、サクラは関わりたくない。
しかし、それをベルヴェイクは良しとしないだろうと思ったのだ。
「私はね、もう少し世界のことを知りたいんだ」
サクラは、自分はベルヴェイクに目をつけられてしまったと思っている。
きっとサクラが現状を維持したまま生活をしていると、ベルヴェイクがなにかしらの干渉をしてくるだろうと、そんな気がしてならないのだ。
ベルヴェイクという存在は、そういうものだ。
ゲーム内でも主人公にやたらと干渉して、事態をややこしくさせていた。
──考えたくはないけれど、私がはじめて城にいったタイミングで稀人による襲撃があるなんて。もし、もしもノルくんが命を落としてしまったのが……。
そこまで考えてサクラは唇を噛んだ。
頭の中に浮かんでいた最悪の事態について、思考を止める。
確信がもてないことは、考えすぎないほうがいい。
ベルヴェイクと会ったこと、そこで話した内容、これだけはまだクロビスにも相談できない。
──だからこそ、私はクロビスにすべてを話せるように外にでるの。確信がもてるように、探しに行くの。