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翌朝、サクラが目覚めるとクロビスはもうベッドにはいなかった。
「人肌恋しいとか言ってたくせに。なんなのよあいつ」
サクラはぶつぶつ文句を口にしながら、ベッドの上をゴロゴロと転がった。
「……ああああ、昨日はいろいろありすぎた。正直キャパオーバーかも」
サクラはシーツを頭までかぶると、深呼吸をした。
頭の中を整理するために、昨日の出来事を振り返った。
昨日は、はじめて領主の城へ行った。
そこで、ゲーム内で重要なキャラクターだったロークルやベルヴェイクに出会った。
おそらく異世界人が街にやってきて、戦闘が行われた。
それに巻き込まれてノルウェットが亡くなった。
そのことで落ち込んでいるクロビスに寄り添おうとしたら、そういうことになった。
「…………ノルくん。本当に死んじゃったのかなあ?」
せめてノルウェットにお別れが言いたい。
サクラはクロビスにそう頼んだのだが、それはできないと断られてしまった。
この世界では、稀人との戦闘において亡くなった者は、通常の葬儀、埋葬ができないのだそうだ。
亡くなった者の魂が正しく導かれるように、遺体は身内などの親しい者たちのもとを離れ、特別な神殿に送られる。
そこで神官たちによる儀式を経て、大樹の根元に埋葬される。
亡くなってから埋葬されるまでの間、神殿から各地に派遣されている神官以外は、遺体に触れることも近づくことも許されない。
万が一、触れてしまった場合は、その者も共に神殿に送られる。
遺体と一緒に特別な儀式を受けることになるそうだ。
しかし、儀式は場合によっては命を落とすこともあるほど危険なものらしい。
「異世界人である稀人がこの世界の住民に嫌われているのには、きちんと理由があったのね」
ゲーム内では、プレイヤーは出会う人のほとんどと戦闘になる。
ゲームとして、それはごく当たり前のことだ。
同じ玉座を求める者同士、敵対ぐらいはするだろうと思っていた。
しかし、理由はそれだけではなかったのだ。
親しい者との最後の別れを奪われ、下手をすれば自分も命を落とす。
やられる前にやらなければ、そういう気持ちになるのもわからないでもない。
「しかも、魂が正しく導かれるようにってさ。やっぱり大樹による魂の円環ってことなんだよね?」
稀人によって命を奪われた者が、命を奪った相手と同じ境遇にならないように。
大樹の中に存在するさまざまな世界を行き来しないですむように。
故郷であるこの世界から、魂が離れていかないようにしてあげる。
この世界にさえ帰ってきてくれれば、姿は変わってもいずれまた会えるのだ。
「私はまたいつか、ノルくんに会えるのかなあ?」
いつもニコニコと朗らかに笑っていたノルウェットの顔が頭に浮かぶ。
それと同時に、ベルヴェイクの言葉が頭の中でこだまする。
『この世界の王となるがよい。ここを貴様の安住の地とせよ』
サクラはシーツから頭を出した。
上半身を起こすと、手を伸ばしてカーテンを開ける。
途端に、部屋の中に眩しい光が差し込んできた。
「やばい! 寝過ぎちゃった」
サクラは慌てて飛び起きた。
ベッドからおりると、床に落ちていた寝巻きを拾い上げてすばやく着替える。
「あの人は、どうして自分が目が覚めたときに起こしてくれないのよ! ヴァルカさんに怒られるじゃない」
サクラはクロビスの寝室を飛び出すと、自室に向かって走り出した。