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第14話

「……いきなりとんでもない単語をぶっ込んできてくれますね」


 嘆きの王子ベルヴェイク。

 はっきりとストーリーの語られないゲーム本編において、最も多くの情報が開発から提示されているキャラクターかもしれない。

 アイテムなどに書かれているフレーバーテキストからも、ベルヴェイクについて読み取れる情報量は多い。

 それほど、ゲーム内では重要なポジションのキャラクターだった。


 昨今、ゲームはダウンロード版が主流だ。

 そんな中で、このゲームのパッケージ版コレクターズエディションを購入すると、ベルヴェイクのスタチューが付属していた。

 開発からも、特別に愛されていたキャラクターだったのだろうと思う。



『驚かないということは、やはりプレイヤーなのだな』


 ベルヴェイクは、この世界における先王の息子のひとりだ。

 ゲーム開始時点では、王位継承権を捨て王都を離れている。

 彼の行方は誰も知らず、玉座を求める各陣営が必死に探している存在なのだ。


 なぜなら、この世界で起きているさまざまな災いの原因は「だいたいこいつベルヴェイクのせい」で説明できてしまうからだ。

 北欧神話のトリックスター、ロキのような存在なのである。


 ──そもそも、ゲーム自体が北欧神話の要素を多く含んでいたのよね。この部屋の中央にある木も「世界を体現しているという巨大な木の一部を挿し木したものである」って、フレーバーテキストに書いてあったし。


 ベルヴェイクがロキをモデルにしたキャラクターであることは、プレイヤーにとって明白な事実だ。

 サクラは北欧神話におけるロキの数々のエピソードを、頭の中に思い浮かべる。


 いまここでベルヴェイクに接触してしまったことが、不安でしかない。

 なにが嘆きの王子だ、こっちが憂い悲しみたいわと、サクラは心の中で悪態をついた。


「とんでもございません。とても驚いていますよ。まさかこんなところでベルヴェイクさまにお会いできるとは、思ってもいませんでしたからね」


『ふむ、おもしろい人間だな』


「いいえ、私はつまらない人間ですわ。ベルヴェイクさまに気にかけていただくようなことはなにもありません」


 ベルヴェイクは顎に手を当てて考え込みながら、サクラを見下ろしている。

 サクラが見上げると、ベルヴェイクとしっかりと目が合った。

 ベルヴェイクの容姿は、ぱっと見では女性と間違えてしまいそうになるほど、中世的で儚く美しい。


 だが、サクラは知っている。

 これは仮の姿で、本当のベルヴェイクの姿が巨大な蛇であることを。


 ──ゲーム発売前のトレーラー映像もこの姿で出てきててさ。めちゃくちゃカッコいいキャラがいるって、騙されたよね。


 さきほど出会ったロークルがプレイヤーたちに親しまれていたのと比べ、ベルヴェイクに好意的な感情を向けるプレイヤーは少ないだろう。

 それほど、彼がやらかす数々の出来事に振り回され、プレイヤーは辟易していた。



『まあいいさ。貴様がプレイヤーであるなら、これが気になるだろうと思ってな』


 そう言って、ベルヴェイクが指を鳴らす。

 すると、サクラの足元がとつぜん光り出した。

 目を開けていられないほどの眩しい光だった。



「……な、なによこれ。水鏡みたいな」


 光はすぐに収まった。

 サクラが目を開けると、足元の水たまりになにかが映っていた。


「……違うわ。これは鏡じゃない。なにかの映像……?」


 サクラは水面に映っているものを確認しようと、その場から動いた。

 すると、水面が揺れてしまい、映像が乱れてしまう。

 しかたなくその場にとどまり、サクラは水の揺れが収まるのを待ってから頭を動かした。

 自分のまわり、見える範囲の全てに、サクラはしっかりと目を通した。


「……これは、この街の映像なの?」


『そうだ。これはいまこの街で起きている出来事を映しているのさ』


「うそ、うそうそうそ! これって負けイベントじゃないの? さっきの警報音って、まさかこれのせいっ……」


 サクラの言葉に、ベルヴェイクが頷いた。

 それを見て、サクラはからだ中から血の気が引いていった。


『やはりこれは負けイベントなのだな。では、今回の稀人も運命には逆らえなかったか』

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