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第13話

 声は扉の向こう側から聞こえてくる。


 早くこの場を立ち去りたいのに、足がうまく動かない。動かせない。

 扉の向こう側へ行きたくてたまらない気持ちになる。


「……資格って、なに?」


 湧き上がってくる感情を消し去りたくて、サクラは語気を強めて問いかけた。


『知りたければこちらへこい』


 この声は聞いていてはいけないものだ。

 そう思う心は残っているのに、サクラはどうしても抗えなかった。


 サクラは目の前の扉に、もういちど触れてみる。

 すると、扉はほんの少し触れただけで勝手に動いていく。

 重厚そうな扉が、音も立てずにすうっと開いていく。


『躊躇うことはない。知りたいことがあるのだろう?』


 扉はあっという間に人がひとり通れる隙間が空いた。

 サクラは吸い込まれるように、その隙間にからだを滑りこませた。


 サクラは扉を通り抜けて部屋の中に入る。

 すると、扉は音を立てずに閉まってしまった。


『ようこそ。ひさしぶりのお客さんだな』


 声は部屋の中央から聞こえてくる。

 サクラは部屋の中央にあるものを、じっとりと睨みつけた。


「姿は見せてくれないのね?」


『お前が信用するに足る者かもわからないのに、姿をあらわせるとでも思うか?』


「私はあなたを知ってる。この部屋の中に入って、はっきり思い出したわ」


 この部屋の中は、全体的に薄く水が張っている。

 扉の前から一歩先へ進むと、足首まで水に浸かってしまう。

 サクラは靴が濡れることになんてかわまず、水音を立てながら部屋の中央へ進んだ。

 部屋の中央には、サクラの腰の高さほどの小さな木が生えている。 


 ゲーム内でファストトラベルができる地点は、みな同じような作りになっていた。

 きらきらと光り輝く小さな木。

 そのまわりを囲むように、水が浅くたまっている。

 木が放つ光が水面に反射して、幻想的な雰囲気を醸しだしている。


 ゲーム内では、この木に近づくと操作アイコンが表示される。

 この木はゲーム内でプレイヤーが死んだときのリスポーン地点にもなっているのだ。


 そのため、ここではファストトラベル以外にも、さまざまなことができる。

 持ち運ぶアイテムを変えたり、ダンジョン攻略中に貯めた経験値でステータス値をあげることも可能だ。



 しかし、いまは木に近づいたところで操作アイコンは表示されない。

 その木に向かって、サクラは声をかけた。


「嘆きの王子、ベルヴェイクさま」


 サクラが名前を呼んだ途端、小さな木の中からぬうっと影が飛び出してきた。

 淡く光り輝く白い影は、すぐさま人の形になる。


 バシャンと大きな水音がする。

 あらわれた影が長身の男の姿になり、水の張った床に足をついた。


『……ほお、声だけで私がわかるとは。やはり貴様はなのか?』

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