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第12話

 どこからともなく声が聞こえた。

 サクラは反射的に、声が聞こえたほうへとからだが向いていた。


 不思議と嫌な感じはしない。

 サクラはこの世界にきてから、絶対に死にたくはないと強く思っていたはずだった。

 それにもかかわらず、正体のわからない誰かの声には恐れも嫌悪も感じなかった。


 聞こえてきた声に、不思議なほど惹かれてしまったのだ。

 サクラはそのまま、声の聞こえた方へ歩き出す。


 すぐにたどり着いたのは、大きな扉の前。

 いや、扉と知らなければ、ただの壁にしか見えないだろう。

 天井まで届く高さのある巨大な扉。

 目の前に立って見上げると、その全貌がわからないほど大きい。

 しかし、扉と認識できないのには、大きさ以外にもう一つ理由がある。


「……たしか、この城を建てた王さまだったよね」


 巨大な扉には、豪華な装飾が施されている。

 両開きの扉は、しまっている状態だと巨大なひとつの絵画のように見えるのだ。


 描かれているのは、二つの頭を持つドラゴン。

 この地域は、かつて竜王と呼ばれたドラゴンが支配していた。


 サクラは竜王の描かれている扉に、そっと触れる。

 ひんやりとした感触がして、サクラは慌てて手を引いた。


「さすがに勝手に開けて入るのはね。まずいよねえ?」


 ゲーム内では躊躇わずに開けてしまったが、普通に考えればあきらかな不法侵入である。


「誰かに見つかったら、いくら言い訳しても通じないよね。だって、警報が鳴り響いたあとだもんね」


 サクラは扉の前から一歩うしろに足を引いた。


「でもこの部屋の中って、ファストトラベルができる場所なんだよね。確認してみたい気持ちもあるけどー……」


 サクラはそこまで言って頭を横に振った。

 いまは襲撃者の確認をしなければならないことを思い出した。


「てか、なんでこんなところに来ちゃったのよ。早く地下に行かなくちゃいけないのに!」


 サクラは扉に背を向けた。

 しかし、その瞬間に背後から声をかけられる。


『なんだ。行ってしまうのか?』


 再び聞こえた声に驚いたサクラは、扉を振り返った。

 そうして、サクラはさらに驚愕することとなる。


「……これは、わたしなの? いつの間にこんな……」


 先ほどまで扉には双頭のドラゴンが描かれていた。

 しかし、いま扉に描かれているのはひとりの女性の姿だった。

 サクラがほんの一瞬、扉から目を離した隙に扉へ施されていた装飾が変わってしまったのだ。


「なによこれ、どういう仕組みなの? どうして知っているわけ?」


 いま扉に描かれている女性。

 その姿は、サクラがゲームをしていたときに使用していた装備品一式を身につけている。


「両手にパタを持っているし。ひらひらしていてかわいい旅の踊り子装備を着ているし。このなんとも言えない性能ガン無視で見た目重視のコーディネートなんて……」


 残念ながら、描かれている女性の顔は頭部装備で隠れているので確認はできない。

 しかし、サクラは確信めいたものを感じた。


「……やっぱり、これはわたしのような気がする」


『そのとおりだ。お前にはこの扉を開ける資格がある』


 どこからともなく、声が聞こえてくる。

 サクラはからだに力を入れた。


 声のことをすっかり忘れていた。

 万が一、襲われても逃げられるように身構える。


 ──扉の変化もこの声も! こんな演出はゲームになかった。まさか、この声の主が襲撃者⁉︎


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