「……こんなところにひとりで、どうしろってのよ……」
たったひとり、取り残された部屋の中。
サクラは心細くて、声に出してぼやいてしまった。
この世界にやってきて三か月。
なにごともなく平和に過ごしてきた。
つい忘れてしまいそうになるが、この世界は玉座を巡った争いの真っ最中なのである。
順当にストーリーを進めていくと、プレイヤーは戦争によって荒廃した村や、焼け野原になった森などを、何度も訪れることになる。
ゲーム序盤にプレイヤーが訪れるこの土地は、ゲーム内マップの中では比較的に緑豊かで平和な印象を受ける。
しかしながら、小競り合いが全くないわけではない。
マップ内を探索していると、この土地の兵士たちと、他勢力の兵士たちが争っている場面に遭遇することがあるのだ。
おそらく、いま鳴っている警報音も、どこかの勢力が街を襲いにきたのだろう。
──他勢力の最たる例が主人公プレイヤーの存在なのだろうけど、私はここにいるしな。まさか、前にクロビスが言っていた、私以外の異世界人が攻めてきたなんてこと……ないよね?
こういった不測の事態がおきたとき、どう行動するべきなのか。
その場にとどまるべきか。
それとも、解決の糸口を探すために動きまわるか。
「わかっているよ。いまはさ、本当は動かないほうが賢明な判断だよね。だけど、やっぱり気になるから!」
サクラは覚悟を決めた。
ここはもう領主の城の中だ。
ここでなら負けイベントが発生することはないはずだ。
サクラはそっと部屋の扉を開けて、廊下に顔を出す。
「もう誰もいない。てゆか、警報も止まっちゃったしね。妙に静かなのが怖いな」
上下左右、あらゆる角度を確認してから、サクラは廊下に出た。
そっと後ろ手で扉をしめる。
──襲撃者の存在を確認しよう! もし私と同じ異世界からきたプレイヤーだとしたら、どんな風に戦うのか興味があるもんね。
これは自分の命を守るための情報収集だ。
無謀な探索にでかけるわけではない。
「とりあえずクロビスの言ったとおり、もと来た道とは逆方向に行こう。城の正面入り口に向かっていって、襲撃者とかち合うのだけはまずいもんね」
この城にはいくつかの侵入ルートが存在する。
サクラはそのうちのひとつ、地下ルートに向かうことにした。
「この城の地下って、なぜか屋上に直結している昇降機があるんだよね。屋根の上からなら城の中だけじゃなくて、街のほうまで見えるはず」
サクラはそろりそろりと、音を立てずに廊下を進む。
ゲーム内の城内マップは、頭の中に存在している。
「クロビスのいた部屋に行くまでの道のりでも思ったけどさ。やっぱりゲーム内オブジェクトと、こうして目にしているお城の内部って少しだけ違うのね」
城の建物としての作りという大枠に違いはなさそうだ。
だが、飾られている装飾品などに、細かい相違がある。
「そもそも、ゲーム内じゃすべての部屋に入れたわけでもなかったしなあ。扉はあるのに開かないところばっかりだったし」
そんなことを思い出して、サクラは背筋に冷たいものが走る。
「……もしかして私、また知っているつもりになってるのかな。選択を間違えたかも?」
そう思ったところで、もう部屋を出てだいぶ歩いている。
引き返す判断をするのには遅すぎた。
『ほお、珍しい客がいるな』