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第9話

「おい、そこまでにしてくれないか」


 サクラがクロビスの腕を掴んで詰め寄っていたところへ、ロークルが割って入ってきた。

 ロークルはサクラの手を、クロビスの腕から強引に引き離す。


「この男はこう見えてかなりの信仰系魔法の使い手なんだ。俺たちの仲間の中では一番の、な」


 ロークルは笑顔を浮かべているようで、目がまったく笑っていない。

 サクラの腕を掴んだまま、じっとこちらを見下ろしている。

 ロークルから放たれる気配に、押しつぶされてしまいそうだ。


「こいつの腕が壊れると、助かる命も助からなくなる。お手柔らかに頼むよ」


 ロークルに敵意を向けられている。

 サクラはなぜ突然こうなってしまったのか、まったくわからなかった。

 こんなところでいきなり中ボス戦が始まってしまうのかと焦る。


 ──ほんの少し前まで上機嫌だったじゃない。この数秒の間になにが起きたのよ?


 サクラは必死に考えをめぐらせた。

 そしてふと、ある可能性に思い至った。

 サクラはゆっくりと視線をクロビスに向けて問いかける。


「……もしかしてなんだけどね。私ってば、けっこう強めの力であなたの腕を握っていたのかな?」


「ようやく気がつきましたか。毎度毎度、私でなければ骨がへし折れていますよ」


「やだ! それならそうと早く言ってよ。平気そうにしているから、大丈夫なのかと思っていたわ」


「大丈夫なわけがありますか。あなたが力任せにひっついてくるたびに、その馬鹿みたいな力を魔法で弾き返していたのですよ」


「そんな器用なことをしていたの? まったく気がついていなかったわよ」


 サクラの言葉に、クロビスは盛大にため息をついた。


 クロビスはロークルの方へ向き直ると、着ている服の袖をまくる。

 サクラが先ほどまで掴んでいた場所を、ロークルに見せるように腕を突き出した。


「この通り、私の腕は壊れてなんていませんから。手を離してやってくれませんか?」


 ロークルは差し出されているクロビスの腕を、じっとみつめる。

 彼はしばらく考え込んだあと、ようやくサクラの腕を離してくれた。


「お前が問題ないと言うなら、あまり口出しをしたくはないがな。正直この馬鹿力はどうかと思うぞ」


「ひどい! 馬鹿力だなんて、私だって気にしているのに!」


 ロークルの言葉に、サクラは反射的に言い返してしまった。

 やってしまったとすぐに気がついて反省するが、もう遅い。


「失礼した。きつい言い方をしてしまったな」


「い、いいえ。私もつい大声を出してしまい、申し訳ございませんわ」


 サクラとロークルは、お互いにペコペコと頭を下げて謝罪しあう。

 その様子を見ていたクロビスが、大きく息を吐いた。


「はあ、まったく。お二人ともそこまでにしてください」


 クロビスがパンと手を叩く。

 その音でサクラとロークルは顔を上げると、クロビスにからだを向けた。


「今日はサクラさんの馬鹿力について調べるために、ここまで来ていただいたのですよ」


 クロビスはまくっていた袖をもとに戻しながら、ロークルに向かって話を続ける。


「万が一サクラさんの馬鹿力がなにかの呪いでそうなっていたりするのであれば……。どうにかしてさしあげたいですからね。あなたもいい加減に持ち場に戻ってください」


「なんだ、そういうことだったのか。それじゃあ私は邪魔だな。そろそろ持ち場に戻るとしよう」


 ロークルはそう言って、ガハガハと笑いながら騒がしく部屋を出ていった。




「……なんだか、すごい人だったわ」


「あの方は親衛騎士の隊長を務めている男です。冗談抜きですごい人ですよ」


「そう、ね。本当にすごい人だわ」


 親衛騎士ロークル。

 ゲームのプレイヤーたちに「ロー兄さん」「ロークル兄貴」とあだ名されるほど、親しまれていたキャラクター。


 ゲーム攻略をする上で、最初に出会うことになる中ボス。

 つまり、チュートリアルボスと言ってしまっても、あながち間違いではない。


 ロークルはゲーム内において、ボスキャラとの戦闘システムをプレイヤーに教えてくれる役割を持ったキャラクターなのだ。


 ゲームの序盤、まだ操作方法に慣れていないプレイヤーに、嫌というほど戦闘システムを叩き込んでくれる。

 ロークルのことを「ロー先生」「ロークル師匠」と呼ぶプレイヤーも少なくない。


「兄貴肌っていうか、引率の先生というか。ほんとにあだ名の通りな感じの人なのね」

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