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第8話



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「……なぜあなたがここに?」


 領主の城の中、たどり着いた部屋の一番奥の席にクロビスがいた。

 彼は不機嫌そうな声を出して腕を組む。


「水臭いぞクロビス。良い人がいたなら、私にも紹介してくれたらよかったではないか」


「……はあ。あなたに言ったら面倒なことになるから嫌なんですよ」


「面倒ってなんだ。良い人がいるとわかっていたなら、わざわざお前に合う女性を探そうとしなくても済んだじゃないか」


「そういうことを勝手にやっていたこと自体、もう面倒なんですよ」


 クロビスはため息混じりに、ロークルと話している。

 クロビスの態度はずいぶんと酷いものだったが、ロークルは気にしたそぶりがない。

 さわやかに微笑みながら、クロビスの目の前にどすんと音を立てて箱を置く。


「ほらよ。忘れ物だって?」


「……いえ、それはべつに忘れたわけではないのですが」


「じゃあなんだ。サクラさんに会いたいからって、わざと運ばせたと言うのか?」


「………………………………………………」


「黙っているということは、本当にそうなのか? お前はそんな可愛げのあることをするやつだったのだな」


「さっさと持ち場に戻られたらどうですか?」


 現在、サクラがいる部屋の中には、複数の人がいる。


 話をしているクロビスとロークルの二人。

 それを見てオロオロしているノルウェット。

 それから、名前のわからないモブの方々が数人。


 モブの方々は、クロビスとロークルのやり取りが恐ろしいのか。

 それとも、この二人に関わり合いになりたくはないのか。

 忍者かと勘違いしてしまいそうになるほど、すっと気配を消している。


「そりゃ持ち場には戻るけどな。こんなに重たい物を女性に運ばせようってのは、どうかと思うぞ。ましてや、大切な人なら余計に……」


「そういったお話でしたらもう結構です」


 クロビスは語気を強めてそう言うと、机に手をついて勢いよく立ち上がった。

 彼はそのまま部屋の中をズカズカと歩くと、まっすぐにサクラの元までやってきた。


「顔色が悪いですよ。どこかお体の調子が優れないのですか?」


 クロビスが目の前に立って、サクラの顔を覗き込んでくる。

 手を伸ばせばもう抱き着けるほどの距離に、クロビスは立っている。

 ここまで近づけば仮面をつけていても、視界を確保する穴からしっかりと目が見える。


 サクラとクロビスの視線が、ばっちりと合わさった。

 その途端、サクラはかたかたと小刻みにからだを震わせる。


「……そりゃあね、調子くらい悪くなるわよ」


 サクラは目の前のクロビスの腕を、ガッチリと掴んだ。

 そっと彼に近づき、小さな声で囁く。


「だって、だってさ、お城の中にいるのよ? とんでもなく緊張するにきまっているじゃない」


 通用門からロークルに案内されながら、城の敷地内を歩いてここまでやってきた。

 やはり、道中は見覚えのある景色ばかり。


 ──あそこの廊下の角から兵士が飛び出てきて襲われるんだよなとか、ここは上から弓で撃たれるんだよなとか。いちいちそんなことを考えてしまうんだもの。めちゃくちゃ疲れるっての。


 クロビスのいるこの部屋にやってくるまでの道中、サクラの心の中は忙しかった。

 どうしてもゲーム内での敵の襲撃地点や、トラップを思い出してしまう。


 いまはそんなこと起こらないはずだとは思いつつ、万が一を想定して身構えてしまっていたのだ。


 通用門を通過したころと比べて、体重が減っているのではないか。

 そう思えるほど、サクラは疲れきってげっそりとしている自覚がある。

 顔色くらい、悪くなっていることだろう。


「べつに格式ばって誰かに会うわけでもないのですよ。たかだか健康診断にくるだけで、震えるほど緊張しますか?」


「するわよ! するにきまっているって、もう言ったわ。しかも、やっぱり調べたくてノルくんを使ったのね」


 サクラがそう答えると、クロビスはわざとらしく肩をすくめた。


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