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第6話

『稀人よ。異世界からやってきた流れ者よ。貴様が王たるを求めるのならば、私は戦わねばならない。これより先は、この親衛騎士ロークルが通すわけにはいかない』


 城門を抜けた先、ひらけた広場で対峙するロークルの台詞だ。


 サクラはこの台詞を、なんど聞かされたことか。

 ひとつひとつの台詞の間から、言い終えるまでの呼吸のタイミングまで、はっきりと覚えている。 


 覚えさせられてしまった。

 それほどまでに、ロークルとの戦闘はすさまじいものだったのだ。


 最初に倒したときの挑戦回数は覚えていない。

 途中までは数えていたが、それどころではなくなってしまったからだ。


 順当にゲームを進めていれば、プレイヤーが最初に出会うことになるメインストーリー攻略に必須のボスキャラクター。

 そこらのモブ敵、ましてやダンジョンの道中で出会うようなネームド級の敵キャラとも訳が違う。

 ひときわ目立つ男、頭ひとつ抜けている存在だ。



 いまの自分がロークルと敵対したら、瞬殺されてしまう。

 媚びへつらい、彼の機嫌をこれ以上損ねないように努力すべきだ。

 それなのに、絶対に死ぬわけにはいかないという気持ちを、喜びの感情が圧倒的に上まわった。


 声には出さずとも、態度には出ていたらしい。

 きっとみっともなくニヤついていたのだろう。


「どこかでお会いしたことがありますか?」


 ロークルがサクラの方へからだを向けて話しかけてきた。

 ロークルの意識が自分に向いている。

 サクラは嬉しさのあまり、うまく言葉が出てこなかった。


「──っふあい⁉︎ へば、うえっとー……」


 はい、あなたとは何度も殺し合いをしました。

 ついうっかりそんなことを言いそうになり、慌てて口をつぐむ。


 だからといって、これはあんまりだ。

 目の前のロークルから、困惑した雰囲気がひしひしと伝わってくる。


 あまりにも気味が悪すぎる、限界突破したファンムーブだった。

 サクラは自分で自分にドン引きして、気持ちが沈んでしまう。


 ここにきてようやく、はっきりと思いだした。

 相手が圧倒的な力量のあるボスキャラクターであることを。


 サクラはからだ中から血の気が引いていく。

 どう考えても、いまの自分が不審者であると自覚してしまった。


 城門を突破してきた敵対者に、これ以上は城の敷地内を荒らさせはしないと斬りかかってくるキャラクター。

 仕える主人に忠実な騎士というのがロークルという男なのだ。


 ──大好きな主人の居城の前にいる不審な言動をする女。絶対に「通すわけにはいかない」判定されるに決まってるじゃん!


 心の中で慌てふためくサクラを救ってくれたのは、意外な者たちだった。


「そんな威圧的に話しかけたらびっくりしちゃいますよ」

「そうですよ隊長。笑顔です笑顔!」

「ごめんなさい婚約者さん。この人、悪い人じゃありませんから」


 警備兵たちが次々に口を開き、フォローをしてくれた。

 警備兵たちは張り詰めていた空気を和ませるように、明るく振る舞ってくれている。


 ──ありがとう名前もない警備兵さんたち! さっきは装備品を奪い取って売ってやるとか思ってごめんなさい!


 サクラは心の中で警備兵たちに感謝した。

 そして、彼らにも本当は名前があって、心もあることを意識することになった。

 簡単に斬り捨ててしまっていい存在ではなくなった瞬間だった。


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