名無しのモブ敵でも、複数に囲まれてしまえば、そこからの立て直しはほぼ不可能だ。たいていはそこで死亡して、リスポーン地点からのやり直しになる。
それが死にゲーというジャンルのゲームだ。
かつて大流行し、いまも根強い人気の俺TUEEEものや、無双ゲームのように、周辺の敵を根こそぎ倒せるなんてことはないのだ。
──これだけ近づかれて囲まれた状況じゃあね。完全に、ここからでも入れる保険があるんですか? 状態だもの。
サクラは警備兵への対応を迷っているうちに、この場から立ち去るタイミングを逃してしまった。
逃げ出す勇気すら持てなかった自分を恥じるしかない。
サクラは警備兵たちと敵対しないように、相手が満足するまで勝手に喋らせておこうと決める。
現状に諦めて肩をすくめつつ、サクラはニコニコと笑って佇んでいた。
すると、そばにいるノルウェットが情けない声をあげる。
「困ったなぁ。早く手続きしてくれないと、師匠が待ちくたびれてしまいますー」
「しょうがないよ。もうちょっとだけ待ってもらおう?」
ノルウェットはあわあわと狼狽えている。
サクラがそんな彼をなだめていたときだった。
「お前たち、そこでなにをしているのだ」
地を這うような低い声が、辺りに響いた。
その瞬間、警備兵たちのお喋りがピタリと止まる。
ギギギギギィーと、鈍い音が聞こえる。
サクラたちの目の前には、天に向かってそびえ立つ立派な城門がある。
その脇にある小さな通用門が開いた音だった。
「いまは戦時下なんだぞ。気を抜くんじゃない」
通用門から姿をあらわしたのは、大柄な男だった。
集まっていた警備兵たちも小柄ではなかったが、その彼らよりもはるかに背が高い。
そんな大柄な男が、ガシャガシャと装備しているアーマーの音を立てながら、こちらに近づいてくる。
「も、申し訳ございません!」
「たいへん失礼いたしました!」
「つい気が緩んでしまいまして……」
警備兵たちが、次々に謝罪と言い訳の言葉を口にする。
そんな彼らを、大柄な男は威圧感で黙らせた。
男の登場に、ノルウェットも顔を青ざめさせて黙りこんでしまう。
先ほどまであった喧騒は、いっきに消え失せてしまった。
きっと警備兵たちは生きた心地がしていないのだろう。
みな身を縮こまらせている。
ノルウェットも同様だ。カタカタとからだを震わせて怯えている。
大柄な男が次にどんな行動を取るのか。
この場にいる誰もが緊張しながら見守っている。
それほどまでに、男の放つ気配には重厚さが感じられた。
そんな状況のなかで、サクラは歓喜していた。
男の姿を目にした途端、声をだして飛び跳ねなかったことを褒めてもらいたいくらいだ。
サクラは心の中で叫びまくっていた。
──ほ、本物のロー兄さんだあ! 息してるー! 生きてるー!
見慣れた親衛騎士装備を身にまとった大柄な男。
ゲーム発売初日には、その名がSNSへトレンド入りをした城門を守るダンジョンの中ボス。
親衛騎士隊長ロークルが、サクラのすぐそばに立っている。