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第5話

 名無しのモブ敵でも、複数に囲まれてしまえば、そこからの立て直しはほぼ不可能だ。たいていはそこで死亡して、リスポーン地点からのやり直しになる。

 それが死にゲーというジャンルのゲームだ。


 かつて大流行し、いまも根強い人気の俺TUEEEものや、無双ゲームのように、周辺の敵を根こそぎ倒せるなんてことはないのだ。


 ──これだけ近づかれて囲まれた状況じゃあね。完全に、ここからでも入れる保険があるんですか? 状態だもの。


 サクラは警備兵への対応を迷っているうちに、この場から立ち去るタイミングを逃してしまった。

 逃げ出す勇気すら持てなかった自分を恥じるしかない。


 サクラは警備兵たちと敵対しないように、相手が満足するまで勝手に喋らせておこうと決める。

 現状に諦めて肩をすくめつつ、サクラはニコニコと笑って佇んでいた。


 すると、そばにいるノルウェットが情けない声をあげる。


「困ったなぁ。早く手続きしてくれないと、師匠が待ちくたびれてしまいますー」


「しょうがないよ。もうちょっとだけ待ってもらおう?」


 ノルウェットはあわあわと狼狽えている。 

 サクラがそんな彼をなだめていたときだった。




「お前たち、そこでなにをしているのだ」


 地を這うような低い声が、辺りに響いた。


 その瞬間、警備兵たちのお喋りがピタリと止まる。

 ギギギギギィーと、鈍い音が聞こえる。


 サクラたちの目の前には、天に向かってそびえ立つ立派な城門がある。

 その脇にある小さな通用門が開いた音だった。


「いまは戦時下なんだぞ。気を抜くんじゃない」


 通用門から姿をあらわしたのは、大柄な男だった。

 集まっていた警備兵たちも小柄ではなかったが、その彼らよりもはるかに背が高い。

 そんな大柄な男が、ガシャガシャと装備しているアーマーの音を立てながら、こちらに近づいてくる。


「も、申し訳ございません!」

「たいへん失礼いたしました!」

「つい気が緩んでしまいまして……」


 警備兵たちが、次々に謝罪と言い訳の言葉を口にする。

 そんな彼らを、大柄な男は威圧感で黙らせた。


 男の登場に、ノルウェットも顔を青ざめさせて黙りこんでしまう。

 先ほどまであった喧騒は、いっきに消え失せてしまった。


 きっと警備兵たちは生きた心地がしていないのだろう。

 みな身を縮こまらせている。

 ノルウェットも同様だ。カタカタとからだを震わせて怯えている。


 大柄な男が次にどんな行動を取るのか。

 この場にいる誰もが緊張しながら見守っている。

 それほどまでに、男の放つ気配には重厚さが感じられた。


 そんな状況のなかで、サクラは歓喜していた。

 男の姿を目にした途端、声をだして飛び跳ねなかったことを褒めてもらいたいくらいだ。

 サクラは心の中で叫びまくっていた。


 ──ほ、本物のロー兄さんだあ! 息してるー! 生きてるー!


 見慣れた親衛騎士装備を身にまとった大柄な男。

 ゲーム発売初日には、その名がSNSへトレンド入りをした城門を守るダンジョンの中ボス。


 親衛騎士隊長ロークルが、サクラのすぐそばに立っている。

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